建築YA「髭」のCOLUMN

福岡を中心に住まいづくりをする建築YAのコラム
小さな家再考...。1
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     「小さな家」というタイトルを見た瞬間に、建築を生業としている方は、ル・コルビュジェを頭に浮かべるかもしれません。レマン湖畔にわずか60屬里肝梢討里燭瓩坊てた小さな家です。その住宅を紹介した何とも可愛いテキストを、私は建築を志す何人かの人に送っていますが、小さいながら愛情溢れるその家の魅力は、私たちの仕事のエッセンスの宝庫と言えるかもしれません。最近、私はひとのくらしを考えるたびに、この小さな家という言葉を思い浮かべます。小さな家を考える時に、私たちは工夫でのたうちまわりますし、逆に濃度が濃くなる分、思いも強くなります。高度成長期の日本は、髭のコンダクター山本直純さんが「大きい事はいい事だー」とTVCMで行進していましたが、私はどうもあの頃の夢が、まだ日本人には残像として残っていて、その呪縛から離れきれていないのではないかとさえ思うのです。わずか畳2枚の茶室に宇宙を見いだす感性を持つ日本人は、発想を変えれば、もっと豊かに暮らせるのではないかと思ったりします。いや、もしかすると変えるのではなくて、思い出すのです。世の中全体が、人も物も、そして思いも希薄になってしまっているのではないかと最近の世相をみるとそんな事を感じてしまいます。一旦発想を変えて、ミニマルな物から考え始めると何かが見えてくるかもしれません。小さな空間を巧みに使いこなす事が、ある意味知恵の結集と考えると、その豊かさは、計りきれないかもしれません。(つづく)

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    | 住まいづくりのヒント | 06:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
    住まいづくりのあいうえお作文...。
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       大喜利の遊びで、あいうえお作文と言うのがありますが、お題に合わせて、「あ」「い」「う」「え」「お」と順番に、その文字から始る文章を考えていくと言う奴です。差し詰め、私たちはどんな住まいに暮らしたいかと言われれば、「あ」愛のある住まい。創り手や関わった人々がたっぷりと愛情を込めた、また自分たちの愛がつまった住まいに住みたいのは当然のこと。「い」いつまでも住みたい住まい。何より飽きがこない、ずっと某か魅力的なすまいでありたい。「う」うちだけは違うと言う部分がちょっとほしい。練られた住まいというものは何処か少し個性的です。飽きがくる、奇をてらった仕掛けではなく、よく見ればきらりと光る個性というものが欲しい。「え」エネルギー消費の少ない…と言いたいところですが、それは各論なので、ここは、えらんで良かったと思える住まい。一生に一度の大きな買い物ですから、絶対に後悔などはしたくないと思うのがひとというものです。「お」思い出が積み重なっていく住まい。私たちには、今この瞬間しかありません。それが瞬時に次々と過去となり、悪い事は忘却と言う希釈を行い、良い事が思い出として残ります。それを少しずつ積み上げていけるような住まいにしたい。そんな事を常日頃思いながら住まいづくりをしておます。題して、住まいづくりのあいうえお作文。チャンチャン。これにて、お粗末様でした(笑)。

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      | 住まいづくりのヒント | 06:43 | comments(0) | trackbacks(0) |
      映画「人生フルーツ」のススメ 3
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         この映画に一貫して流れているのは、戦前、戦中、戦後という全く違う時代を生き抜き一貫して変わらない建築家としての津端修一さんの姿勢です。ひとりの建築家として常に愛情深い視点で物事を見つめている。時として、リアルな世の中に具体物を創りだす私たちは、理想と現実の狭間で七転八倒している部分が多々あります。その中で、一つの姿勢を崩さないで貫くと言う事はが強い信念以外の何ものでもない。それが本当に慈愛に満ちています。また、その修一さんに常に寄り添い、こちらもまた自分を決して殺す事なく、伸び伸びとやりたい事をやりながら支えている英子さんの生き方にも、強く共感が出来るのです。

         まさに、そんな「人生の達人」のお二人が選択した暮らしは、経済成長に踊る日本の社会に疑問をもち、自給自足で「時を貯める」という事でした。落ち葉が散って養分となり、その養分でやがて果実が実るように、毎日休みなく二人は動き続けます。彼らの言葉におそらく「老後」と言う言葉はなかったでしょう。常に、落ち葉を掻き、土に抄き込み、収穫し、食品に加工し、ストックしと二人は片時も休みません。その暮らしぶりを観ていると、そのほうが本当の暮らしではないかと思えてきます。日々そのほとんどを端折り、全てを犠牲にして賃金労働に明け暮れ、幾ばくかの賃金を手にし、それでまた誤摩化しの物事を買い求めてを繰り返していないかと思えてくるのです。格差社会が強まるこれから、このルーティーンを繰り返している限り、私たちは「幸福」というものからどんどん遠ざかっていくような気さえしてしまいます。津端夫妻は、そんな今に対して、「あなた達が当然だと固定化して考えている事など、90年の人生の中で考えれば、一瞬のあだ花なのかもしれない」と忠告してくれているようです。私たちは老いるほどに愉しい人生を歩むべきではないでしょうか。それは、休んで楽をすると言う事ではありません。余生なんてない。私たちは、時を貯めるほどに幸福な人生を望んでいるのではないでしょうか。ひとりひとりがそれぞれに、自由に求めてそれぞれの世界で愉しめるように、ご夫妻は惜しげもなく、そんなヒントを示してくれているのです。(おわり)

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        | 住まいづくりのヒント | 07:39 | comments(0) | trackbacks(0) |
        映画「人生フルーツ」のススメ 2
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           映画は、戦前、戦中、そして戦後と建築家として生きた津端修一さんと妻英子さんの日常をつづったドキュメンタリーですが、シーンのほとんどは高蔵寺ニュータウンの一角にご夫妻が購入した300坪の敷地の自邸で撮られています。戦前、アントニーレイモンドに師事し、戦後は住宅公団のホープとして活躍した津端さんは、まさにその高蔵寺ニュータウンのマスタープランを設計した方でした。ただ、高度成長期まっただ中のこの国は、津端さんのプランした里山環境を生かした有機的なプランをそのまま現実化せず、高効率の団地計画の実施とへと変貌していったのです。津端さんご夫妻はやがて、そのニュータウンの一角に300坪の土地を求め、そこに自邸と小さな雑木林、70種類の野菜と50種類の果物とを収穫する畑をコツコツと創っていきます。その一つ一つのシーンが美しく、愛に溢れています。87才の英子さんの事を、「最高のガールフレンド」と宣う津端さんの笑顔は、ほんとうに観ているこちらまで幸福にしてくれました。まるで翁と媼のような優しさの溢れるお二人のことを、映画は隈無く美しいシーンの連続で描いています。ただ、ふと思うと、90才、87才と言う年齢で自立した暮らしをされている言わば彼らは超人です。その優しい笑顔の背景に隠れるおふたりの強い信念、確固とした生き様が随所で垣間みれ、きっと厳しく自分を律したお姿があるのだろうと再び感動がじわっと沸いてくるのです。表面、人当たりがよく、誰とも馴染める御仁は五万といます。ただ、本当に他人に慈しみをもって接する事が出来る人と言うのは、誰よりも自分に厳しい。そして自立していて人に媚びません。とてつもなく個性的なご夫妻の心をほどいて、これだけの記録に仕立てたのは制作の方達の並々ならぬ努力と多くの年月が必要だったと言う事かもしれません。そう言う意味では二重三重に、じわっと来る映画なのです。近年私がずっと心の中でモヤモヤと思いめぐらしていた事の一つの答えがそこにはありました。(つづく)

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          | 住まいづくりのヒント | 07:48 | comments(0) | trackbacks(0) |
          映画「人生フルーツ」のススメ 1
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             季節は確定申告の真っ最中。頭の痛い帳簿付けで悩まれている方も少なくないかもしれませんね。この季節になると、元来そう言う事が苦手な私などは、お金と言うものの呪縛が疎ましく思うて仕方がありません。生きている限り幾ばくかのお金がないと、それを原資に様々な物や事を消費して生きている以上仕方ないのですが、そのお金のために殆どの時間を費やしては豊かさからどんどん遠くなっていく今の日本人の暮らしをちょっと立ち止まってみ直せないかなと思ったりします。思えば庶民の私たちにも重税感はじわじわと忍び寄ってきます。頑張って得たものが様々な名目で問答無用で目減りしていって、昔よりも随分価値が下がった感は否めません。おまけに政治で私たちに戻ってくる筈の福祉の分野は日に日に削られていくのですから、暮らしぶりが荒んでいくのも仕方ありません。格差社会に歯止めはかからず、貧困層は増えるばかり、近年の政治の舵取りでエンゲル係数は上がるばかり、つまり、食べていくのでギリギリの世帯が増えているのです。しかも、そのためにあくせくと時間は過ぎていきます。心の底から感じる「幸福」とは何かと考えた時に、もう随分前から、私は今の世の中に疑問を持ち続けています。打開策はないものかと。 

             数日前、一本の映画を鑑賞しました。限定期間の単館上映だから、是非皆さんも逃さず観て頂きたいのですが、そこには私たち日本人が忘れたユートピアがありました。90歳になる建築家津端修一さんとその妻英子さんの愛知県春日井市高蔵寺ニュータウンの一角にある自邸での日常を淡々と描いたドキュメンタリー映画です。ド派手なハリウッド映画とは対照的に少し映画をご紹介しても、内容は風化せず逆に観たくなると思いますので少しご紹介します。(つづく)

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            | 住まいづくりのヒント | 08:27 | comments(0) | trackbacks(0) |
            窓はカパーっと開けましょう! 5
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               高性能住宅は、密閉して、内外を隔離して、閉じこもるための手法であると言う認識は、少しまと外れな感じがして否めません。それを言うならば、従来の住まいが、開放してはいけない時に密閉できず、内外が通じていて冬は冷気が入る道が防げず、夏は蒸れの温度を遮断する事が出来ず、常に中途半端な熱や空気の漏れの状態にあるということなのです。感覚的に開放したい時に十分開放できて、閉じたい時に本当に閉じる事が出来る住まいこそが、高性能と言えるのかもしれません。近年この国の住まいもどんどん変化を遂げてきて、これから高性能化は進んでいくのだとは思います。ただ、この基本的な事をきちんと抑えていかないと、小手先の亜流を沢山つくってしまうだけで本当の改善にはなりません。ニーズに応じて、見た目だけではなく、本当に開放と密閉が可能な住まいこそが、本来求められている住まいではないでしょうか。「緩やかに、適度に壁の内外で空気が行き来する」などという抽象的な表現は殆どのものが眉唾な怪しい表現ばかりです。本来、人の感覚に寄り添って、優しく包み、時には開放できる空間こそなのだと思います。閉じる性能があるから、思い切って開放できる。春が来て、窓を開けて外の空気を存分に室内に取り込みたい時に、カパーッと窓を開けてそれが実行できる心地よさを貴方も味わってみませんか?高性能な住まいが、開放できる住まいである事が実感できると思います。(おわり)

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              | 住まいづくりのヒント | 07:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
              窓はカパーっと開けましょう! 4
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                 地域に応じて、その中間期がどれくらいの気温でどれくらいの時期あるかということが、窓の配置に影響してくると言って良いでしょう。例えば九州福岡は、日本海側気候で冬は体感的にとても寒く、夏は酷暑で蒸し暑い気候です。曇天候も多く、住まい手は感覚的に「日当りの良さ」を求めます。案外、温度ストレスと言う意味では過酷なエリアと言えるのです。求めるままに日当りだけを重視すれば夏はオーバーヒートしますし、冬の事を考えて窓の開放をためらえば、風通しも悪く、中間期に開けっ放しで暮らす習慣の強いエリアでは何とも居心地の悪い住まいとなります。日当り良く、風通し良く、また寒くなく暑くない設えのためには、臨機応変に開放したり完璧に密閉できる窓が必要なのです。日本の窓は、世界に遅れて近年、漸く進歩が加速し始めました。熱を伝えにくく、しっかりと閉じられる窓が手に入るようになり始めて、この条件に叶う住まいが建てられるようになってきているのです。少なくとも、樹脂フレームのトリプルガラスであれば、ためらわずに大開口を開ける事が出来ますし、よりハイグレードとなれば、木製アルミクラットのサッシも選択できます。そう言う高性能な窓を使い、季節によって、過酷な温度の季節には閉鎖して小さなエネルギーで室内温度を整え、中間期の過ごし良い季節は、開放して外と一体になると言う暮らしが可能になってくるのです。実は、よく聞く「住まいは夏を旨とスべし」という業界の呪縛のような言葉の真意はここにあります。昔は閉じる技術がない上に、温度を下げる装置(エアコン)は存在しません。スカスカの家でも「暖」をとれば何とかなりますが、開放的につくらなければ「涼」がとれない、その究極の選択の末の兼好法師の言葉です。今は「涼」を取る装置も「暖」を取る装置も私たちは手にしています。このどちらもいらない季節だけ開放できる窓も手に入れようとしているのです。(つづく)

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                | 住まいづくりのヒント | 09:58 | comments(0) | trackbacks(0) |
                窓はカパーっと開けましょう! 3
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                   窓を開けたい時、とはどんな時でしょうか。この国には四季があって、一般的に「中間期」と言われる夏冬の間の比較的過ごしやすい時期がそれに当たります。冷暖房の質用がなく、屋外の空気が心地よいこの季節は、室内も屋外と一体化させて、その気持ち良さを室内に取り込みたいものです。そう言う時に窓のない住まいでは困るから、窓を設えます。従って、窓は開けたい時に開けるためにあるのです。その開け閉めのための窓が、「きちんと絞める事が出来るか」も重要なポイントです。窓の性能は、閉じた時の住まいの性能の大きな要素です。隙間のない気密性が保たれている事と、熱を伝えない断熱性能が担保できている事が必要です。開けるための窓は、閉めるための窓でもあります。空気の行き来を完全に遮断する気密性は、開閉の必要なシーンのメリハリを分けてくれます。最近はガラスもペアからトリプルに移行し始め、断熱性能も他の部位の壁・屋根に迫っていく勢いです。窓の性能が良くなれば、閉じる事と、開ける事の意味がより明確になり、必要に応じて開閉できる住まいは、より快適に調整しやすくなる事は自明なのです。基本となる換気システムも常に駆動していますが、窓を開けたい時はそもそも内外で一体化したい季節なのですから、窓の開閉で多少の想定されている換気ルートがに影響が出ても、問題ないと言えるかもしれません。閉じるための性能が担保できているからこそ、開けたい時に開ける事が出来る窓。そう言う窓を大きく設える事が出来るのは、高性能住宅の真骨頂かもしれません。(つづく)

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                  | 住まいづくりのヒント | 08:39 | comments(0) | trackbacks(0) |
                  窓はカパーっと開けましょう! 2
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                     気密性を重視する高性能な住まいで、「窓を開けてもいいんですか?」というご質問があれば、私は「窓は開けたいときに開けるためにあるんですよ(FIXもありますが総論として)」と応えます。「開けられるか」という質問の回答の前に、まず「閉じられているか」と言う事の説明をした方が分かりやすいかもしれません。例えば、皆さんは窓を閉め切れば、住まいの内外は完全に隔離されたと考えますが、ほんとうのところはそうではありません。かつての日本の木造住宅は隙間だらけで、見かけ上の窓を閉じたところで、内外の空気はそこここで行き来し、熱や空気質を隔離する事が難しい性能でした。昨今の高性能な住まいは、気密性能も必須としてきちんと性能を担保しますが、それは実は「閉じたい時にきちんと閉じる事が出来るため」の性能を担保するためです。「閉じたいとき」とは、室内には持ち込みたくない暑さ、寒さ、湿度、空気質など、室外がストレスの多い過酷な時期のときということです。そんな時は、きちんと閉じても最小限のエネルギーで快適に整えて暮らした方が良いのですが、これまでの閉じる事が出来ない性能では、それができないのです。「気密」と言う言葉は罪作りで、何だか息苦しいイメージすらつきまといます。ただ、気密すると言う事は、閉じたい時に閉じる事が出来るための性能の担保なのです。水の漏れない穴の開いていないコップである事は、コップの必須条件ではありませんか?それと同じなのです。極論から言えば、窓がない住まいは隔離は簡単です。では何故、開放する窓を取り付けるのか。開けたい時があるからなのです。(つづく)

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                    | 住まいづくりのヒント | 07:34 | comments(0) | trackbacks(0) |
                    窓はカパーっと開けましょう! 1
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                       春一番が吹いて、福岡も漸く寒い季節から抜ける気配です。もしかすると、九州で大げさなと言われるかもしれませんが、福岡は日本海側で案外寒い、いや、体感と言う部分では本当に寒いのです。その上で、「九州」という言葉の呪縛からは慣れられずに、これまで建物の性能が無防備だから案外我慢して暮らしているのです。そもそもの性能が足りない住まいがまだまだ多いのですが、良くこういう質問をされます。「高断熱高気密って何だか閉塞感がつきまとう」とか、「窓を開けてもいいんですか?」というお話は、25年前から変わりませんが、いまだにそういう感覚は拭いきれません。すでに高断熱高気密と言う定義が余り意味のない時代ですが、言葉の呪縛は未だ根強く残っています。私の答えは明快で、「本能に任せて窓は開けたい時にカパーッと開けてください」ということです。閉塞感というと何だか息苦しいイメージですが、逆に、気密できない住まいは、閉じれない住まいです。見かけはドアも閉めて窓も閉めて、閉じた気分になっていますが、隙間だらけ穴だらけの住まいなのです。そうなれば、温度や湿気をコントロールする事など出来ません。もちろん、これから始る春の良い季節、外にいて気持ちの良い季節は窓を開ければ良いのです。このご説明をはじめると「確かになあ」となります。何となくついてしまっているイメージと実際には開きがあります。そこを埋めていくと、本当の快適な住まいが少し近づいてくるといえます。(つづく)

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                      | 住まいづくりのヒント | 07:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
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