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梅雨のこの時期に快適にくらしたい 1

 早いもので、暦は6月に入りました。南九州、四国が梅雨に入り間も無く北部九州も梅雨入りとなるのだと思います。これからの季節のマスクの常用は、冬の時期よりちょっと苦痛な感じがしてきますね。何だか息苦しい。歩いたり、お話ししていたりするとストレスを感じます。年明けから始まったコロナ禍の影響で、なんだか季節感も吹っ飛んだ感じでしたが、これからはこの湿気や雨とも同時に対峙しなければならないと思うとちょっと憂鬱ですね。

 湿った空気が皮膚にまとわりついてくるようなこの季節に、快適に過ごす方法はないものかと皆さん腐心するわけですが、そもそも身の回りの空気全体が多くの湿気を含んでしまっているわけで、圧倒的なこの湿気の季節ですから、窓を開けて少々風を取り入れても、その感覚は改善しません。ここはすこし外部と隔絶した空間で湿気をコントロールしながら暮らすのが得策なのてすが、そのためにはいわゆる高性能住宅と言われる設えが必要です。今回はそんなお話から。(つづく)

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| 住まいづくりのヒント | 07:39 | comments(0) | - |
これから先の暮らしの設えとして 5

 日本人は、得手して群れて安心する国民性というものを持っているのかもしれません。古代から農耕社会を形成して、皆で協力し合いながら大きな収穫を得て、その収穫物を分け与えながら暮らしてきた結果なのかもしれません。大家族主義が時代とともに核家族に変遷してきている今でも、家族の少ない単位のなかでも、一緒にいたら仲良く集わなければならないという感覚は根強いかもしれません。「個人」と言うものを深く哲学してきた欧米とは違って、自己主張よりも協調を重んじるあまり、個人がすこしばかり窮屈で、居心地が悪いという状態に陥ってしまう傾向が、昨今のコロナ禍によって炙り出されていると言ってもよいのかもしれません。家族間の人間関係がギクシャクしたり、ふだんと違う感覚に襲われている方は、そんなことを疑ってみる必要があると思います。

 子供さんが多くて大家族だったお客様には、以前、私は家の中に誰にも干渉されない小さな読書(独書)コーナーをご提案したことがありました。書架に囲まれた小さな一人用のデスクですが、家族の誰かがそこを使うときは、他の家族は干渉しないというルールです。家族という小単位のなかでも、パブリック (公)の場とプライベート(私)の切り替えをご家族に即した設えをしたのですが、それはうまく活用されました。家族みんなで和気藹々という場面は我々の理想とするシーンですが、時としてそうでない場面も想定する必要はあると思います。猫は呼んでも返事すらしない気まぐれな対応をする時がありますよね。愛猫家の方達はそれがいいんだとよく言われます。互いがそういう時もあるというチャンネルをもち、許容することがアフターコロナには必要な気がしてなりません。日本人は、もっともっと「一個人」というものを大切に磨いていかなければならない。それは孤独と向き合うことでもありますから、少々辛いのですが、その上で集える家族の存在をあらためて考えると、ファミリーがもっと輝いてくるのだと思うのです。

 様々な価値観が改めて見直しを迫られている今、成熟した社会を目指してそういう設えを住まいにも埋め込んでいきたいと思います。(終わり)

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| 住まいづくりのヒント | 07:44 | comments(0) | - |
これから先の暮らしの設えとして 4

 ご家族がそれぞれの立場で、気持ちよく集える設えを、「住まい」が担えるのではないだろうかといつも考えています。そう考えれば、いつも日常に忙殺されてなかなか家族が一緒に居れない時の設えと、それが急変した今ではフォーメーションが少し違って当然かも知れません。今は、家族感が干渉し合わない「余白」が少し必要なのかも知れません。長時間同じ場所にいる家族同士のプライバシーというものも、より繊細に必要になってくると思うのです。例えば、部屋を単純に分けるとか、鍵をかけるというようなシビアなものでなくても、時には視線が合わなくても良い場所とか、音は通じているのだけれど見えない仕掛けとか、様々な方法論で、お互いの間合いを図ってくれるような仕掛けはあるかも知れません。私は「住まい」に、一つ屋根の下で仲良く暮らすためには、互いの距離を繊細に制御する部分と、全て一つになれる鈍化する部分とがあるように思います。一方向ではなくそのどちらのベクトルも、時には必要なのではないでしょうか。

 今回のコロナ禍は、奇しくも「集う」と言う好んで向かおうとする矢印とは真逆の矢印も、時として必要であることを教えてくれているような気がします。声をかけるとしっぽを振って最大限の喜びを表現しながら小踊りして寄ってくる犬は何とも愛らしいものですが、そのような矢印だけではなくて、時として声をかけても振り返らない、またそういう態度も寛容に許す、すこし猫のような仕草も認める矢印も必要だと言うことではないでしょうか。例えが単純すぎるかも知れませんが、和気あいあいというとどうしても犬的な群れる感覚が想像で決めのですが、時として猫のような暮らしも模索してみる必要があるのかもしれません。(つづく)

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| 住まいづくりのヒント | 07:29 | comments(0) | - |
これから先の暮らしの設えとして 3

 長年住まい作りをしていると、詳細なアンケートやヒアリングから、そのご家族のことを深く知る必要があることから、立場上どうしても家族のことを深く掘り下げて垣間見る機会が多くなります。そこには千差万別、様々なご家族像がありますが、私がいつも気にかけるのはそのご家族の中のパワーバランスです。どなたか萎縮して我慢していないか。どなたかが頑張りすぎて疲れていないか、住まいを考える上では大変重要なポイントだからです。それぞれのご家族に独特のパワーバランスがあり、言い方は悪いですが、ご主人様の独裁的なリーダーシップで一丸となっているご家族もあれば、内実奥様が決定権をもっておられるご家族、全てを民主的に合議で決められるご家族、子供さんのわがままに始終親御さんが振り回されているご家族など、それは多種多様です。どのパターンが正解ということもなく、それぞれの形なのです。ただ、それがすこしでも良い方向へ、家族それぞれの立場の良い方向に行くような設えが出来ないかといつも考えるのですが、今回のコロナ禍はそういうパワーバランスをも急激に変化させるほどのインパクトがあるということなのだと思います。

 今、オブラードに包まれた理想的な「憧れ」としてのファミリーの集いが、きれいごとではなく、まざまざと現実にそこに横たわって動かないとなれば、見えてくるものもまた変わってくるということなのかも知れません。どなたかの独善的なパワーに従うことは家族でも苦痛ですし、さりとて干渉し合わない関係も家族ではありません。ここのバランスが大切だと思います。私は常から、よく見る住宅展示場などの理想の暮らしぶり像にリアリティーが得られないというようなことを書きますが、まさに今、激変するライフスタイルに対応するべく、お仕着せのものではない家族の暮らし方をそれぞれが深く考えることが大切なんだと思うのです。そのバランスを調整する役目が住まいにはあると思っています。(つづく)

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| 住まいづくりのヒント | 06:47 | comments(0) | - |
これから先の暮らしの設えとして 2

 近年の日本人は、社会に大きく参加する事によって「居たくてもなかなか一緒に居られない自宅での暮らし」に、変な言い方になりますがいつしか「一緒にいることに対する憧れ」のようなものを見ながら住まいを語っていたようにも思えて来ます。長い時間、満員電車に揺られながら、会社という第二の暮らしの場所に赴き、あるいは学校という場所で大半の時間を過ごし、疲れて這う這うの体で帰宅して、家族と共にとれれば良い方で、満腹を満たすだけの食事を取って就寝してしまう。そこまで過酷では無いにしても、そんなルーティンを繰り返されていた方も少なく無いと思います。   

 住まいを語るときに、そこが出発点ですから、とにかく家族単位でまとまろうという思いが働いて、仲良く集うシーンばかりが意識されて住まいが構築されて来ました。LDKプランの開放空間はまさにそういう象徴だったかも知れません。ところが今度は皆で家に居ろという事態になって、事情は急激に変化してしまいました。週末には家族仲良くレジャーを楽しみ、ときには温泉やキャンプなどと場所を変えていたこともできなくなり、いよいよ住まいを「居場所」として、本当に練らなくては逃げ場がなくなってしまったという状況が「今」なのかも知れません。

 満たされない渇望からの家族の団欒というものが、今度は図らずも暮らしの基調としてすでにそこにあることから、発想をすこし変えていかなければならないのに、なかなか人間は順応できません。DVの増加やコロナ離婚などという問題は、まさにそういう劇的な暮らしの変化がもたらしているものだと言えるかも知れませんね。家族内でもそれぞれの距離間の変化に皆、戸惑っているのです。(つづく)

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| 住まいづくりのヒント | 07:03 | comments(0) | - |
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