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令和のはじまりの日

 本日から「令和」という時代が始まりました。思えば私は昭和と言う時代を30年近く生き、平成も31年、これからの令和をどれほど生きるかわかりませんが、三代に渡りこの日本の国民として生きることになります。私は初詣に神社で柏手を打ち、仏式の弔いに焼香をし、仏前には般若心経を唱える、またクリスマスには何となく浮き足立ちケーキを食べる、少し旧型のごくごく一般的な日本人のひとりです。節操がないようにも思いますが、この国は八百万の神の国です。私はそれが自然であれば、それで構わないと思います。また難しい皇室のことはさっぱりわかりませんが、退位された上皇様にはご苦労様でしたと長年の労をねぎらい、新天皇のご即位には祝賀の気持ちをもちたいと思います。ただ、この私の気持の始まりは、あくまで私の中にあるのであって、僅かでも誰からも強制されるものでも、全体の雰囲気に流されてそうするものであっても決していけないと思っています。あくまで私自身が主体の気持として、自然でありたいと思います。

 ともすると、祝賀ムードに乗じて、戦前の亡霊どもがヒタヒタと足元まで迫って来ているのかもしれない。あるいは、お為ごかしに国のことを憂うようなそぶりをして、利己的な利権や邪な欲望から亡国のシナリオを実行する輩が社会をねじ曲げないとも限らない。そうならないために、国民のひとりひとりがよく考え、自分の言葉で発言できる国を堅持して行かなければならないと思います。必ず、反対意見もある社会でなければならない。全体ムードですべてが押し流される社会にしては決していけないと思います。

 「令和」という新しい時代が、平和で、自由と民主主義が名実共に実行されている穏やかな時代であることを祈って止みません。

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| 社会・事件 | 23:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
ノートルダム大聖堂火災とモノづくり

 数日前のパリのノートルダム大聖堂の火災は、世界中の人々に深い悲しみと落胆の衝撃的な大事件でした。修復工事中の不審火のようですが、人類の叡智の結晶としての歴史ある建造物が炎に包まれて焼失してしまうことは、私たちに何とも言えない虚無感を抱かせます。かたちあるものは皆、永遠ではなく、やがてはそのかたちを儚くも瓦解させつつ、なくなっていく運命にあります。ただ、そのかたちに沢山の想いや、歴史を重ねてきた過程で幾重にも織り込まれて来たメタファと言っても良いかもしれませんが、存在の意味が深遠になっていくほどに、そこに永遠にあってほしいという意思も産まれてくるのではないでしょうか。 この「永遠」が、ぷっつりと切れる虚無感は、何とも言えぬ空しさ自分自身の儚さすらをも思い知らされます。日本においては、法隆寺金堂の焼失や、金閣寺炎上なども史実に触れる度に同じような感覚がよぎります。

 かたちあるものは...という思いとともに、ふと、ものづくり屋として思うことは、やはり、私たちはそこに存在する「モノ」をつくっているのですが、と同時に、想いをそこに集めているということだと思います。これから修復、復元のお話しになっていくのだと思いますが、これこそが、やはり人類の意思、想いです。私たち、ものづくり屋は、そこにきちんと想いを込めていかなければなりません。たとえは「住まい」であれば、そこに住む人々の幸福を切に願う想いです。そこにある、「かたち」と「想い」はある意味等価と言えるかもしれません。火事でもののかたちが消えても、そこに想いがあれば、またかたちは再びそこに産まれます。私たちは、そう言う想いを残せるかだと思います。この大事件を真摯に受け止めて、明日からまた仕事したいと思います。

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| 社会・事件 | 00:18 | comments(0) | trackbacks(0) |
3.11、震災から8年

 あの震災から8年が経ちました。3.11、この日のことは、何度も何度でも語らなければなりません。

 折しも8年前の昨日、私は福岡市内で取り組んでいた国内で3棟目となるパッシブハウス、「福岡パッシブハウス」の起工式に臨み、翌11日当日はその現場のための工場視察で、パッシブハウスジャパン森代表理事と宮崎県は日向にいました。視察半ば、工場内にいた我々に、その工場の事務員さんが急に駆け寄って来られて、東北の方でとんでもない地震が起きた。太平洋側は津波の警報が出ているから、ここは海抜が低いので、すぐに逃げてくださいと言われたのです。そのうち大きなサイレンも鳴り始め、当たりは騒然としました。川沿いの道を水上の山の方に向かって車で避難しましたが、渋滞で遅遅と進まない中、不安と苛立ちの時間が長く続いたのを鮮明に覚えています。その夜テレビで繰り返し見た東北の津波シーンは呆然とする以外にありませんでした。その後の現場は、様々な材料の流通が止まり、工事継続が難しくなる危機も何度かありましたが、そんな苦労を経て竣工を迎えたのです。

 世の中は8年経って、表面的には災害復興は進んでいるかのように喧伝されていますが、果たしてそうでしょうか。福島の原発事故の爪痕はいまだ消えず、マスコミが取り上げなくなっただけで、廃炉の目処すら経たない状況は変わっていません。オリンピックに万博にと決して浮かれている場合ではないのですが、その事を百歩譲っても、今の現状は復興にどれほど貢献していると言うのでしょうか。原発は強引にまだ再稼動への道筋を辿っているかのようです。狂気としか言いようがない状態で、私はしばしば失望を覚えますが、あのパッシブハウスを建てる時に起こった震災に、決して傍観していられない宿縁とも言うべきものを感じています。どんな世の中になっても、堅牢で消費エネルギーが極めて少ない、住まい手を守ってくれる住まいを、一棟でも多く建てる事は自分に課されている仕事だと思っています。不良在庫とも言えるヒートショックを起こす今の住まいを更新して、ひとつでもそれに置き換えていく事こそが、未来につながります。毎年この時期になると、心新たに、自分がぶれていないかを確認させられます。もう8年、まだまだ8年です。あなたは、今にどう向き合うのでしょうか...。(おわり)

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| 社会・事件 | 07:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
台風24号の列島縦断!!

 もう勘弁してほしい。そう思われている方も多いと思います。また台風ですね。この自然の猛威に対して、私たちはなす術もなくただ過ぎ去るのを待つしかないのですが、今年は本当に多いですね。ましてや、何となく、「今年は...」と言い切ってしまって良いのかと不安にすらなってしまうのは私だけでしょうか。当地福岡は、近年台風のルートが以前よりも東側を東に旋回するようになって、防風の被害はめっきり少なくなりました。以前は薩摩半島川に上陸し、不知火海に抜け、長崎辺りから旋回して日本海に抜けるというルートが多かったために、福岡直撃も日常的だったのですが、そのルートがずっと東に振れました。大隅半島川から宮崎にぬけて、四国から近畿に向けて北上するルートが随分多くなりました。

 今年は、という言葉を使えば簡単に今年の事としてスルーできますが、この気象傾向は少しずつ激化するのではないかという別の視点もいるように思うのです。そう言う意味では住まいづくりも変わってくる。これまで以上に防風対策、豪雨対策が必要と言うものです。耳の方では25号も発生しているとか、台風銀座という古い言葉がありますが、これからは今まで被害が少なかったエリアでも、確実に対策を進めていかなければならないと思います。

 予断ですが、数日前に27になる娘の誕生日を迎えました。彼女が産まれた日はまさしく台風接近の嵐の日で、交通手段が心配だからと前日の入院を余儀なくされ、大学病院の産科の待ち合いに私も詰めた事を覚えています。台風も毎年の年中行事ではありますが、気候変動も加味しながら、今後の住まいづくりを考えていきたいと思います。皆様くれぐれも、ご安全に。

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| 社会・事件 | 10:57 | comments(0) | trackbacks(0) |
戦争が終わった日

 今日は8月15日。お盆の送り火ですが、同時に先の戦争が終わった日です。近年のこの国は、戦争で悲惨な経験をした沢山の人々が残してくれた、絶対に戦争をしないようにという箍を緩めて、屁理屈を並べて軍拡と戦争の出来る普通の国になるための改悪を推し進める政権と、それに迎合するメディアのお陰で随分きな臭い危機的な状況にあります。一番の問題は、したり顔で国防を語る政治家や軍拡論者が、実は戦争を知らない戦後の人間だと言う事に他なりません。まさに、73年が経って、国民的経験が風化してしまっている。一見国会で偉そうに語る人々は皆戦争の実感なんてないのです。知らないなら、わからないなら、先達達の知恵に学ぶべきではないでしょうか。一般の方達のなかにも、結構勇ましい事をいうオヤジがいる。しかしそれも、戦争を知らないオヤジです。

 戦没者追悼記念式典に最後の出席となられた天皇陛下は、4年連続で「深い反省」というお言葉を盛り込まれたそうです。

 右も左もありません。ひとたび起これば、口火を切った者、責任者の存在など何の意味もない。沢山の罪もない人々の命が沢山蔑ろにされるんです。絶対あってはいけない「戦争」「戦争」に、どんな正義もありません。

今日は一日、戦没者を思い、この国のこれからの平和を祈りたいと思います。

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| 社会・事件 | 14:11 | comments(0) | trackbacks(0) |
被爆の日に憶う...。4

 今日は2度目の原爆が長崎に投下された日です。私はもう30年以上前の事ですが、現実に被爆された老夫婦に仕事でお会いする機会を得た事があります。今でもその時の事は鮮明に覚えていて、このブログでも毎年この日にその事を書き続けてきました。もう詳細は書きませんが、普通に暮らしていた市民である方が、突然被爆し、その健康被害とあらぬ差別により、その後の人生を沢山の苦痛のなかで過ごされた様子は、僅かなお話の時間でも某か伝わるものがありました。彼らが、決して望んで戦争を始めた訳ではありません。あきらかに、国の舵取りをしている人たちが、はじめたのです。でも苦痛を背負ったのはそのお二人を含め、一般の市民なのです。

 今もまた、暴走しそうな政権が、着々と敗戦による反省で培った箍をはずしに掛っています。一つ一つは細かな事かもしれませんが、これも歴史に学べば、一つ一つの点が線となり、やがて暴走した政権が、国民を置き去りに戦争をはじめないとも限らない。それは今の政権ではないかもしれませんが、次かもしれないし、次の次かもしれません。一人でも一日でも早く気付かなければ、またボタンを渡してしまう事になるかもしれない。だからこそ、過去の歴史を重く受け止めて、ボタンを渡さない手だてをしなければならないのだと思います。特別でないどこにでもいる一市民として。無関心はボタンを渡す事につながります。政治家は何でも知ってて偉いと盲進する事は、自分の命を無免許ドライバーに預けてしまう事になってしまう。今、この瞬間を大切にしなければならないと思います。(おわり)

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| 社会・事件 | 20:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
被爆の日に憶う...。3

 かつて事故経験もある極めて安全運転のベテランの運転手さんだと思って安心して乗っていた乗り合いのバスが、知らないうちに世間知らずの無免許運転手にすり替わって、危なっかしい運転が繰り返されているとしたらどうでしょうか。歴史に学び、「戦争は二度と起こしてはならない」という、どのような立場の人でも理解できる教訓が、今活かされないおかしな状況は、そんな事から始っているようにも思えるのです。稚拙きわまりない思考で国の舵取りをされて、まるで安っぽいゲームのように国民の命が軽々しく扱われるのは許される事ではありません。上にいくほど頭を垂れて謙虚であるべきものだと思いますが、最近の政治家は言動や行動に幼稚さばかりが目立つ上に、国民の上にあるかのような態度は、まさに経験少ない世間知らずの無免許運転そのもののように見えてしまいます。

 人と人が向かい合い、死闘を繰り返し命を取り合うリアルさが戦争では薄まってしまいます。無責任な政治により軽々しくボタンが押された時に、一瞬にして途方もない数の人たちの命が奪われていく。戦争とはそう言うものだと思います。国民が戦争を回避する方法は、その無責任な政治にボタンを持たさない事。ベテラン運転手さんのふりをする政治家を監視し続ける事しかないのです。(つづく)

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| 社会・事件 | 21:27 | comments(0) | trackbacks(0) |
被爆の日に憶う...。2

 今、軍拡や防衛論議を繰り返している強面のタカ派の議員をもってしても、73年前は産まれていないか赤ん坊という人が大半だと言う事を理解しなければ、今の異常さは理解できないかもしれません。およそ、長命な中曽根元首相をもってして漸く経験者なのです。つまり、実体験を伴わない想像の世界で論議がなされているきらいがあります。

 「お前も知らないではないか」と言われれば、私は悪びれず「はい」とお答えします。だから先人の知恵に学ぶべきではないでしょうか。私たちが子供の頃、身の回りにいくらもいた戦争経験者達は、「絶対に二度とあってはならない」と言い続けていました。良識のある政治家から、当時職業軍人だった人、戦争で夫や子供を亡くした人々、みなそう言っていた。その人達がタブーだと言い続けていた時代、私たちは何も考えずに平和を享受していたのです。この環境に甘んじての今ですが、今は知らないうちに変わってしまいました。戦争をしたい人たちが声高に軍拡を口にしだし、その人々は実際の経験のない人たちです。平和を享受していた私たちは、その体制がそうそう変わらないと思い込んでいるうちに、偉そうに振舞い、わかっているように振舞い、根拠のある経験者のように振る舞っている今の政治家たちが歪め始めているのです。そう見えてしまうのは、私だけでしょうか。かつての戦争経験者の人々の叡智の声を今こそ思い出し、これまで平和を享受してきた感謝を込めて、発信し始めるべきではないでしょうか。先人に与えて頂いた平和が歪められ始めている今、私たちはこれからの平和を自らの声で守らなければならないのです。

 あらゆる史実が物語っていますが、どの戦争も導いた者達は最後まで最前線には立ちません。そして終れば必ず、ほかに方法はなかつたと言うのです。(つづく)

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| 社会・事件 | 13:32 | comments(0) | trackbacks(0) |
被爆の日に憶う...。1

 今日は、午前中に広島で平和記念式典を迎える原爆の日です。9日の長崎とともにこの国の国民として、絶対に忘れてはならない夏の日ですが、年老いた母親の朝の支度をしていて垣間みるテレビからは、日本ボクシング連盟会長のスキャンダルばかりで、何だかこれで良いのだろうかと疑問を持ちました。史実としてあるのは、「戦争」という愚行によって、73年前に何の罪もない一般の方の命が、一瞬にして何万人も奪われたと言う事です。そこに、戦争の正義も、その事実に至った経緯も、何も意味を持ちません。「戦争」がひとたび起こったら、至る所でそう言う犠牲が産まれるという「事実」があるのみです。

 私たちは何年経っても、この事実に学ばなければなりませんが、近年その感覚に国全体が疎くなって来ている気がしてならないのです。人間が歴史に学ぶ事は、同じ失敗を二度と起こさない為の叡智です。「歴史は繰り返される」と言う言葉を戒めに学ぶ謙虚さが必要ですが、果たして今、その謙虚さがこの国にあるでしょうか。

 近年の政治の劣化が著しいのは自明の事ですが、どんなに綻びても無関心な国民もまたそこに存在します。戦後の政治を見続けて来た私たち国民は、変わらず戦後政治が続いていると錯覚しがちですが、実は風体はさほど変わりませんがその内容は大きく変わってしまっています。仕切っているのは皆、二世三世の戦争体験のない戦後の人々なのです。私は50年余り生きて来て、一人の人間の生涯の成長などと言うものは、驚くほど僅かで、白髪して老成した外観とはほど遠い稚拙なものである事を、この我が身を持って知っています。そう自覚して謙虚に生きればまだしも、大人のふりをする為政者達が人の上に立つのは国民にとって悲劇と言うしかない。戦後生まれの爺さん婆さんが、国防を語り、したり顔で改憲をしようとしていますが、これは自分たちすら未経験の世界へ国民を引きずり込む行為と言わざるを得ません。

 私たちも未経験な事柄だから反応が鈍いのですが、非常に危険な時代です。一つだけ言える事は、残っている「事実」。戦争に引きづり込まれた国民は多大な犠牲を受けて、経験者は口を揃えて言い続けていました。「どんな事があっても、戦争は絶対してはいけない」と。その事を思い出さなければなりません。(つづく)

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| 社会・事件 | 14:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
東日本大震災から7年

 本日は、東日本大震災が起きて7年目にあたる3.11です。私たち日本人は、この日を決して忘れてはいけないと思います。被災されていまだ復興の及ばない地域が沢山ある中、この現実を風化させてはならないのです。福島の原発の廃炉は遅々として進まず、未だ地球レベルの環境汚染に終止符を打てていません。おそらくこれからも状況の短期解決は不可能と思われます。

 時が経てば、人は辛い事から順に忘却し、希望を持って生きる機能を神様から授かっているようにも思いますが、それは都合良く誤摩化すと言う事ではなく、明日へ繋ぐ思考の道しるべであるはずです。現実から逃げずに、前を向けば、あれから今日までの7年は、唯一の核兵器被爆国として、また安全利用と喧伝してきた原子力の事故を起こした加害者として、世界に冠たる非核と平和を訴えながら、環境立国として進んでくるべき道だったと思います。しかし、現実は大きく違っていますね。果たして、こんな大切な事を、徐々に過去のものにして誤摩化し続ける事を、神様は許すでしょうか。

 ひとりひとりが、常に3.11に立ち戻り、発言し行動する事しかないと思います。私は絶対に7年前のこの日、福岡パッシブハウスの起工式の翌日。東北とは遠い九州、宮崎県日向の地で工場視察中、唖然とするテレビ画面に息をのみ、サイレンに即されながら水上に逃げたことを忘れません。ひとりひとりの人が、その人なりの3.11を想う日となる事を望みます。合掌。

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| 社会・事件 | 14:19 | comments(0) | trackbacks(0) |
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