建築YA「髭」のCOLUMN

福岡を中心に住まいづくりをする建築YAのコラム
証人喚問と今を生きると言う事...。
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     昨日の森友学園籠池理事長の国会証人喚問の中継を見ていると、世の中の劣化が著しく、溜息が漏れてしまいました。民度と言う言葉がありますが、いやはやこの国の民度も落ちたものです。内容は記す価値もないようなものですが、露骨に「変なおじさんの虚言」と言うオチをつけて、飛び火を回避したい与党と、どことなく攻めきれない野党のやり取りは、かつてのロッキードな疑獄とは、スケールも内容もお粗末すぎる有様です。当時のこの国であれば、きっと世論が許さず、どう考えてもある時期まで学園と蜜実な関係の首相夫妻が、クズグスその地位に居座ると言う事もなかったと思います。逆に言えば、ここまでの事をさらけ出しても「問題ない」を繰り返すご当人と取り巻きと厚顔無恥ぶりは理解に苦しみます。責任転嫁と保身のみが目立つ政治家と官僚、そしてその輩を無意識ではあっても黙認温存している我々国民の同じような傾向が起因しているのかもしれません。

     くだらない疑獄事件は別として、世の中に退廃的な空気感が漂うと、何処かでその閉塞感を刷新したいと言う衝動に駆られ、その隙間に巣食うのが過激なポピュリズムであったり、ファシズムだったりします。共謀罪と言うかつての治安維持法にも匹敵する危なっかしい法案も閣議決定してしまいました。私は、この異常事態を本当に心配しています。そしてその回避には、我々ひとりひとりの心の有り様が大切だと思うのです。ものづくりをしている人間は、平和な時代にしか健全なものづくりが出来ません。過去の歴史に見ても、世が乱れれば我々のような仕事は出来なくなる事は自明です。逆に言えば、平和を祈り、世の中の乱れに迎合する事なく淡々とものづくりをし、少しでも人々の日常を目ざめさせ、良い方向へ進めることが、仕事の本分だと言えると思います。息苦しい時代ですが、心がけがぶれないようにしたいと思います。

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    | 社会・事件 | 09:05 | comments(0) | trackbacks(0) |
    日本人として絶対忘れてはならない日...。
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       3.11この日がやってきた。政府は一定の節目を越えたと首相記者会見は行わない方針と言う。どの口が言うのかと思うが、お上は遠い記憶にしたくて仕方がないらしい。福島では、20ミリシーベルトと言う理解不能な基準で避難解除されるという。避難解除と言えば、放射能の影響がなくなり安全になって良かったと思いたいが、現実は全く逆だ。東京の20倍と言うエリアに、勝手に戻れというのである。おそらくこれから、被災者の支援が次々に切られていく。強引な幕引きを計る政治には本当に怒りすら覚える。

       6年前のこの日以来、日本は良い方向に向かっているのだろうか。東京オリンピックなどやっている場合なのだろうか、未だ地球規模で終息のめども立たず、放射能汚染が止まらない福島を抱えたまま、各地で再稼動を強引に進め、国民からその辻褄合わせの費用を出させ続けようとしている現実を、私たちは無言で受け入れて良いのだろうか。

       沢山の命が犠牲になったこの日を、絶対に風化させる事なく、私たちは「今」のチェックの契機として毎年思い出すべきである。「思い出す」などと言っては今も苦しみ続ける被災の方達、傷が癒えずに時が止まったままの方達に申し訳ない。まだまだ震災は人為的な問題も含めて今もリアルに続いている。この国のひとりひとりがそれを改めて感じる日として、絶対に忘れてはならないと思う。

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      | 社会・事件 | 08:24 | comments(0) | trackbacks(0) |
      リオから東京へ...。
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         南米リオで開催されていたオリンピックが閉幕しました。4年後東京で会いましょうという閉幕式は、驚愕のオチで終わりましたが、ここでその描写はやめたいと思います。いずれにしても、世界は4年後の東京に視野を向け始めたのです。まさに、正念場ではないでしょうか。

         博多には祇園山笠という夏の祭りがありますが、期間中、市中をにぎやかに彩る「飾り山」を観られた方も多いと思います。この飾り山には伝統の法則があって、神事であるためにどの場所の飾り山も櫛田神社の方を向いているのが「表」で、その裏側を「見送り」と言います。毎年飾る題材は「表」が芝居やその年の大河ドラマからとった歴史物の一場面、「見送り」は流行のアニメやおとぎ話などの題材となっているのだそうです。例年それを楽しみに街をそぞろ歩くのですが、この表と見送りの対比もまた楽しいものです。アニメや漫画などの日本のサブカルチャーが、世界に冠たる文化として認められる事は日本人のひとりとしてとても喜ばしい事で、私はそれを否定しません。ただ、だからと言ってメインカルチャーを押しのける必要があるかと言えば、そこには少しためらいが残ります。今回の閉会式はそれを前面に押し出す演出でした。食らい付きが良いところからと言う想いは分かりますが、私たちはこれからの4年をその乗りで送るべきかと思ったりします。

         世界のアスリートをお迎えするのであれば、本当に福島は大丈夫か、関東エリアは安全なのか、食べ物は、水は...。礼をもってお迎えするのであれば、大人として、まずはひとつひとつ真摯に検証し、改善する必要があるように思うのです。オリンピックはスポーツの祭典、そして平和の祭典です。盛り上げたい気持ちも大いにありますが、であれば、世界と微笑みの挨拶が出来る「平和」そのための努力でないかと思ったりします。4年間で何が出来るか、ひとりひとりの日本人が考えるべき事です。

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        | 社会・事件 | 09:22 | comments(0) | trackbacks(0) |
        日本のいちばん長い日...。
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           昨晩、本日の「終戦の日」にちなんで、映画「日本のいちばん長い日」がテレビで放映されていました。半藤一利著の同名小説で、何度か映画化されていますが、昨晩のものは昨年のもの。昭和天皇の侍従だった鈴木貫太郎が総理大臣として組閣を命じられ、天皇の聖断をあおぎ、ポツダム宣言受諾から玉音放送までの時間を刻々と描きます。老齢で一度は固辞する鈴木貫太郎の差配、昭和天皇の苦悩、青年将校の最後のクーデター未遂や、一命をかけて軍の暴走に苦慮する阿南陸相などを軸に、終始緊迫した数日間が描かれていますが、すでに戦争が事実として始ってしまい、止めに止められない馬鹿馬鹿しさと、しらじらしさは、観ていても切なく、この背景にどれだけの人の命が失われたかと思うと、つくづく人間とは愚かなものだと思わないではいられません。この一国の極まった経験を経て、今があるのだと実感しました。

           折しも、憲法9条がGHQの押しつけではなく、時の幣原首相を通じで昭和天皇の意向として盛り込まれた証拠が新たに発見されました。また、先日の今上天皇が生前退位を示唆してご意見を述べられるなかで、象徴天皇としてのご自身を全うするお気持ちを強く示された事で、この数年の暴走政権の危険度はあぶり出される形となりました。

           本来、現在の憲法を改正して戦前の天皇制を取り戻すと言う主旨が昭和から今上天皇の意図するものでないとすれば、現政権は何を目的としているのでしょうか。映画の中で暴走する青年将校達は、聖断がくだされたあとにも、「狭義と広義」という詭弁を使い、皇居を包囲してまで戦争を続行しようとクーデターを企みます。私にはこの青年将校の詭弁と似たものの連想を禁じ得ないのです。右でも左でもない、武器商人と拝金主義が「今」を作っているとしたら、このたびこそは国民が声をあげなければならない。今上天皇も今のお立場で精一杯のご発言をしたのですから。「終戦の日」この数年で大きく歪んだ戦後を真剣に考えるべき日だと思います。

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          | 社会・事件 | 09:23 | comments(0) | trackbacks(0) |
          長崎原爆の日...。
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             広島に続き、本日は長崎に原爆投下がなされた日。私は毎年、この日のブログには、若い頃お仕事をさせていただいた長崎のお客様のお話をしています。年老いた老夫婦のところへ伺った時に、眩しいほどの真夏の午後に薄暗い部屋の奥からその爛れたお顔を気にしながら私たちをもてなしてくださった老婆のお話です。彼女は被爆によるそのお顔のケロイドを気にしながら生涯を送られた事だと思います。何の罪もない普通の人を傷つけるのが戦争です。そして我々の制御の及ばないのが核です。武器としても平和利用と言うまやかしでも全廃を強く希望します。

             折しも、昨日は今上天皇がご自分のお気持ちを述べられました。お話は生前退位をほのめかす内容ですが、始めと終わりに、「憲法の下、天皇は国政に関する権能を有しません」と現憲法下では制度を変える立場にはないということをはっきりと言われました。これは戦後の平和憲法下の象徴天皇としてのお立場を明確に貫く意志が伺えました。そして、「国民の理解を得られることを、切に願っています」とも言われました。これに対し、現在の暴走政権はどう対応するのか見物ですが、少なくとも彼らがテーゼとする天皇に統帥権を戻す旧帝国憲法の復古を願うような動きとは、今上天皇のお考えは全く違い、常に国民とともにある国民の幸福を祈る象徴天皇を貫くという意思が明確になった事は間違いないと思います。もし、この今上天皇のお気持ちを無視すれば、暴走政権が本当に実行したいのは、天皇統帥の旧帝国の復古でもなんでもなく、単なる寅の威を借る独裁政権の樹立、武器商人の軍事国家にすぎない事が露呈するのではないでしょうか。

             未だこの政権を支持する方達に、この部分ははっきり見ていただきたい。そして、戦争と言う人類の恥じるべき愚行をマネーゲームの一環としか見ていない世の動きを直視してほしいと思います。

             暗闇の中で、「こんな顔でごめんね」と引きつったお顔の中で努めて優しい表情をされた老婆の視線を何十年経っても忘れません。黙祷し、恒久平和を祈ります。

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            | 社会・事件 | 07:43 | comments(0) | trackbacks(0) |
            広島原爆の日...。
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               何年経っても、忘れてはならない日がやってきました。良く、原爆と原発は違うなどと詭弁を語るひとはいますが、私は「核」と言う人類の叡智を持ってしても制御不可能なものは、根絶しなければならないと思っています。一瞬にして命を落とし、あるいは何代にも渡ってこの一瞬に起きた事によって苦しみ続けてきた方達のことを思えば、私たちはそれを共通の経験として反省し、改めなければならないのだと思います。平和記念公園に、米国の大統領が立った事はある意味画期的ではありました。しかし、それでこの日が過去のものとなり、風化していく事があってはならないのだと思います。

               投下した側も想像を絶するような核の被害は今も続いているのです。厚顔無恥な政治家は、反対意見を封じ込み、ついには祝島の埋め立て再会と言う原発の新設の動きすら露骨に見せ始めている。いつ、福島の事故は、終息したのでしょうか。

               今は、ごく普通の人が声をあげなければならない時代。でなければ、常軌を逸した守銭奴達が利害にしか目を向けず、私利私欲に奔走する時代だと思います。戦争も、核の平和利用と言うまやかしも、全てがそういう動きに他ならないのだと思います。被爆の方達に想いを馳せ、黙祷して「核」の根絶を願います。

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              | 社会・事件 | 09:25 | comments(0) | trackbacks(0) |
              報道の得も言われる気持ち悪さ...。
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                 東京都知事選が終わりました。下馬評通り、小池百合子元防衛大臣が新知事となり、はてさてこれから都政もどうなるものかと予断を許さない状況ですが、もうひとりの方と同様、この方も安倍自民党の人である事は間違いないのですから、どちらが知事になられても何となく今までの傲慢な政治がここにも巣食っているままだと言う事に違いはありません。

                 私には、最近の報道に得も言われぬ気持ち悪さがあって、見聞きする度にそのアレルギー症状に悩まされる日々が続いています。今回の選挙においても、何だか執拗な個人のアラ探しから政争のおぞましい人間関係ばかりが報じられて、肝心の政策や政治家としての人となりなどは一切見えてこない。もっと言えばその報道のいちいちが、意図的に個人を陥れるための悪意が見え隠れする内容ばかりで、報道の大原則である中立的に淡々と事実のみを伝えると言うものとはほど遠い感じが否めない。新聞・テレビでさえそんな事を感じで、週刊誌・ネット記事などはさらに一部のネト◯ヨなどの論調かと思われるほどのヒステリックな感じが本当にたまらないのです。パラエティー番組の芸能人のゴシップのような扱いで政治が語られる事にどうにも違和感を覚えるのは私だけでしょうか。そうなれば自ずと選挙は推しメンのアイドル投票と変わらない話しになってしまいます。投票前に早々に、当確が出るのも何だかしらけムードを煽るような、「もう行っても無駄でしょ」的に見えてしまう。中立的に淡々と事実と言う意味では、そんな予測はいらないと言えば言い過ぎでしょうか。何とも薄気味悪い。この風潮をどうにかして刷新したいものです。

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                | 社会・事件 | 12:25 | comments(0) | trackbacks(0) |
                ポ◯モンGO...。
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                   昨今、巷をにぎわしている「あれ」に遭遇しました。私は常日頃、時間が取れると夕暮れ頃から大濠公園の水と緑豊かな都市の自然をウォーキングで楽しむのですが、先日そのいつもの癒しの時間が、突如想像を絶する世界に一変したのです。その日、アシスタントのMちゃんが帰社時刻になった頃に「先生今日も歩かれるのですか?」と聞いてくるから、「そのつもりだよ」と応えると「あー...」と意味深な言い方をしたのはこれだったのです。この公園は年に2度ほど人ごみでごった返すのですが、それは春の桜の花見のシーズンと夏の花火大会の夜。もちろん花見のシーズンではないのですが、その日はいたるところに人、人、人。花火大会は少し先だからと思いながらもすれ違う人の数の多さが尋常ではないのです。そのうち歩いている人の様子がおかしい。スマホをかざして何かをしながら歩いている。そうです、発表されたばかりのポ◯モンGOに興じる人々なのです。武道場の前にさしかかると、それはごった返すほどの人の数。平日の、日没後の公園ですから、普段はランニングやウォーキングの人しかいない場所なのにです。漸く合点が行きましたが、その光景は門外漢の私には本当に異様でした。スマホのカメラ越しにみた景色の中に、しばしばポ◯モンが出没して、それをゲットして歩いているのだとか。要領を得ない私にそのゲームを語る事は出来ませんが、彼らはまさにリアルとヴァーチャルの狭間をさまよっているのです。

                   ゲームに興じて憂さが晴らせるのなら、それはそれで良い事だと思います。ただこの求心力が凄まじい。何せ何気ない日常の風景がゲームのヴァーチャルな仕掛けに一瞬にして人ごみに一変するのですから、それはそら恐ろしさを感じるほどです。このゲームに興じる人を意図的に誘導できるのですから、くれぐれも運用には気遣いが欲しいと思いました。とかくキナ臭い世の中だけに、悪用がないとは限りません。本当にゲームをする人の安全と自由を守るとともに、しない人への安全と自由も確保されるべきだと思います。この夜はかつて見た事もない公園の駐車場が満車となり、ロータリーが待機の車のヘッドライトで眩しい夜でした。やがて沈静化するのかもしれませんが、私の憩いの時間は、しばしこの異様な空気感で脅かされそうです...。

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                  | 社会・事件 | 07:53 | comments(0) | trackbacks(0) |
                  ただ、ただ痛ましい事件のあとに
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                     先日の相模原の事件は、ただただ痛ましい事件として、私たちの心をえぐりました。ただ、ただ悲しくて被害に遭われた方を思うと本当にやるせない気持ちに包まれてしまいます。容疑者の薄ら笑いは憎むべきものですが、私にはそれすら悲しくて、ただ悲しくて、一人のときに、こつ然と意識だけが何処か遠くへ行ってしまい、返ってこないことを覚えます。なぜ、こんな事が出来るのかと...。しょうがいを持つ方と一般に言うところの健常者との垣根などなく、わたしはとても曖昧なものであって、そもそも区別すら必要がないものだけれど、身体の動きが不自由であったり、健常者とおなじ事が負担になる部分を、社会が補う時のみ許される区別であって、今回のような容疑者のしょうがいを持つ方たちへの視線は同じ人間として絶対に許されるものではないと思います。お恥ずかしい事ですが、私は障がいを持つ子供さん達の建物に携わる事によって近年、色々な事を学ばせてもらいました。その機会で学んだ事はまさに、人と人はひとりひとり千差万別で、ともに補完し合い助け合うべき存在であるということです。かけがえのない存在同士が、千載一遇のチャンスで出会っているということです。そう思えば、決してこんなことは起こりません。

                     犯人を異常者扱いし、一個人を極刑に課して責を負わせるということは簡単です。ただそれでは、結果的に容疑者が犯した誤った視点と変わりません。それでは何も解決しないと思ったりします。私たちの社会は、この容疑者のような人も含めての「社会」だと言うことを受け止めなければなりません。一人でも多くの方と語り、価値観をすりあわせ、違いが無限にある同士で社会を構築していく努力をしていかなければならないのだと思います。「一個人」と言うものがとかく蔑ろにされる風潮に非常な危機感を覚えます。何だかまとまりません...。
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                    一夜明けて参院選を想う...。
                    0

                       固唾をのんで開票結果を見つめていた昨晩は想わぬ夜更かしをして、今朝は珈琲の覚醒を期待しつつ朝を迎えました。ふたを開ければ自公与党の勝利でした。やるせないのですが、結果は結果です。「改憲」と言うとてつもなく大きなテーマが隠れている国政選挙とも想われない投票率と、御用メディアの厚顔無恥な振る舞いには落胆ですが、落ち込む暇はありません。一夜明けてこの国は、一つの安全装置を外し、極めて危ない状態に更に振れたと言う事を理解し、これからを考えなければならないのだと想います。

                       そこに民意があるとすれば、憲法改正はまだ先のテーマとして(とんでもなく鈍感な事ですが)、国民は甚だうさん臭いながらも声高に喧伝する目先のアベノミクスにもう少し酔いたい。そのうち時の首相が言い張るおこぼれが自分たちにも降りてくると信じたい。と言う事なのかもしれません。古来より、「陰極まって陽となす」と言いますがもしかすると、我慢強い日本人にはまだ極まっていないと言う事かもしれません。堪え性のない私にはただただ苦痛ですが、ひとりの日本人としてあらゆる事へ目配せをして、しばらくつき合わなければならないと想いました。メディアが完全に死に体の今、社会は国家主義、個人を軽んじる方向へ進みがちです。この体で改憲でも行われたら大変です。より多くの個人が、メディア情報に頼らず個々に語り合い、憲法改悪を許さない勢力を増やしていかなければならないと想います。多くの人がまだ55年体制の自民党政権が断続的に続いていると思っている。これは大きな誤解です。烏合の衆と言われながらもバランス感覚があった自民党はもうありません。選挙前にもこの話しをして、懐疑的だった人が沢山いましたが、詳しく説明すると恐ろしい事だと話し始めました。投票行動をした人のどれくらいが日本会議の存在を知っているか。自民党の改憲草案を読んだか、もっともっとここを説いていかなければならないと想います。

                       すでにそうですが、これからは個人が生きにくい世の中に振れていきます。想いのある人の更なる結集が必要だと想います。チャリンチャリンと銭金の音だけに敏感な輩とは別の、体温を感じる「想い」を集めていく必要があるのだと想います。

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