建築YA「髭」のCOLUMN

福岡を中心に住まいづくりをする建築YAのコラム
博多どんたく港まつり
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     昨日と今日、福岡は「はかたどんたく港まつり」という祇園山笠と並ぶ大きなお祭りで市中がにぎわいます。今年は熊本の震災を悼むかのように、初日の3日は大降りの雨でした。昔から、どんたくと雨はつきものと言われ、この頃から夏の蒸し暑さの気配がしてきます。私の中学の同級生が、博多のごりょんさん(博多部の商家のお嫁さんの呼称)となっていて、彼女のつてでご主人様の所属する「恵比寿流」(流れとは、いわゆる町内区割りのチーム)と弊社はもう随分長いおつきあいがあります。恵比寿流の松囃子の巡行のおりには、駆けつけると幾ばかの流への志に報いるように、路上で口上を述べていただき「株式会社SiZEのご繁栄を祈願して、いおうたぁー」と晴れがましく鯛の縁起物を頂くのが年中行事となっています。今年も雨の中、待っている私のもとへお出いただき、威勢の良い口上とともに縁起物を手渡してくださいました。本当は、この縁起物は一年が終わると神社などでお炊き上げしていただくのですが、創業以来この鯛が一年の節目の大切なものに思えて、私はずっと一つ一つ大切に保存しています。もうずいぶんの数が貯まりましたが、いずれは千成りにしてオブジェにでもしようかと思っています。流の方達はずぶぬれで、今年は本当に切なかった。でも、本当に有り難い年中行事です。博多どんたくはオランダ語の「ドンターク」が語源で日曜日を意味するとか。福岡の中心部はかつて黒田の城下町の福岡部と中洲を挟んで商人街の博多部という二つのエリアがあって、このドンタークの日は、黒田の殿様に無礼講を許され、商人達が仮装をし、松囃子を鳴らしながら川を渡り、城下町に繰り出したというのがこのお祭りの起源だと言います。思えば当時の庶民もお城の殿様も、粋な計らいをしたものです。この日3日は憲法記念日。近年、時の政権は憲法改正に躍起ですが、改正の有無の前に、私は軽薄さがプンプンの今の政権にはこの70年の平和を守ってきた憲法を変えてほしくないと思います。百歩譲って、自主憲法が欲しいと言うのであれば、もっともっと安心できる政治家、国民で十分に時間をかけて考えたらいい。今の改正ありきで反対意見を封じる時の政権は信用に値しません。これまで戦争放棄の国として、世界に信頼を確固としてきた日本ですが、この政権の数年で極めて危なっかしい国に変わりつつあります。「ぼんちかわいやねんねしな〜♪」としゃもじを叩いて踊りながら練り歩く、松囃子に博多にわか、一見そんなのんきなパレードの中にも、殿様と商人、上から下までの牧歌的な自由な交流の起源があります。国民の意見をあまねく聞くのが政治家なら、時の政権は論外です。博多は商人の街として太閤秀吉の時代から自治が認められ大きく発展した自由の地でもあります。こんなお祭りの渦中にあっても、日々の憂さを考えてしまう少し悩ましい昨今です。
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    | 歴史・文化・旅 | 08:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
    ドイツ視察番外編【帰国して想うこと】
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       25日の午後帰国し、夜には福岡に戻りましたが、帰国して私がまず最初に確認したのは北海道5区の補欠選挙の結果でした。24日の夜に開票されてその結果が出ていたのです。帰国して最初の落胆でした。自民の世襲政治家がまた一人出来た事はそんなものだと思えたとしても、野党連合がここまで善戦したにもかかわらず僅差で破れた事でした。夏の参院選に向けて、あれだけ市民パワーが結集して皆さんが頑張られても、ムードが盛り上がっただけではまだ足りずと言う事が分かりましたし、参院選ではもっともっとリアルな得票をしていかなければなかなか難しいと思いました。
       ひとたび日本を飛び出して、わずかな時間でも異国の空気を吸えば、この国が今、如何に奇異な国かということが垣間みれます。原発しかり、世襲政治しかり、経済のみ優先の政策しかり、よく国民は黙っていると思えて仕方ない。また、外国のメディアと国内のメディアとでは全く視点が違う事も奇異に映ります。言葉はそれほど分かりませんが、流れているニュースがひどく日本の場合はただただ国内向けのものだと言う感じすらします。時折やけくそのようにミサイルをぶっ放す彼の国のことを、日本の人は独裁者の奇異な国と見る事が多いですが、では今、この国の国民の自由度や生活環境は、どれほどまともなのか分かったものじゃないと最近の政治を見ているとついつい思ってしまいます。
       世界レベルの省エネ建築やエネルギー技術を目の当たりにして、大きな夢を描きながら意気揚々と帰国した一報としては、野党の落選はあまりにも切ないものでした。夏の選挙ではどうしても、この感覚をきちんと形にしなければならない。歪められている今の有様を本当におかしいと切に思いました。熊本の震災前後、甚だ奇異な事ですが、川内原発は停止していません。東北の震災では各地の原発が緊急停止しました。今の政治家は、ことにかこつけて、改憲だ、緊急事態法だ、変てこなヘリが必要だと被災者の気持ちも無視した政治利用ばかりです。メディアはそれでも地震以降対応が早くて支持率が上がったと報じている。本当に、本当でしょうか。何が真実か分かりにくくなってしまっている昨今、国民のひとりひとりが、皮膚感覚で感じた思いを正当な手段で発信していく事しかないと思います。確実に、一歩ずつ...。
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      | 歴史・文化・旅 | 10:05 | comments(0) | trackbacks(0) |
      ドイツ視察2016-10【第20回国際カンファレンス・オプショナルツアー2】
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         午後から、私たちは最終地ハイデルベルグのバーンスタットに完成しつつある再開発地区を訪れました。かつての米軍の駐留地と鉄道会社が持っていた土地を、一旦行政区が買い上げることで、それに様々な建築条件を付けてデベロッパーに売却すると言う形で、街区全体がパッシブハウスレベルを実現させています。雨水の50パーセント以上を土中に浸透させることや、屋根緑化、また屋根のソーラー発電量など細かく基準があり、街全体が美しく、近隣のバイオマス会社からのエネルギー供給がされているまさに至れり尽くせりの街並です。街区には、ファミリータイプから単身用、また沢山の学生のための住戸も用意されていて居住者のバランスにも配慮がなされています。ロビーでカードゲームに興じる学生達のいる建物のエントランスに少しお邪魔しましたが、温度も空気もそれは理想的。全体の完成までにはまだかかりますが、何よりも先に子どものための幼稚園が作られ起動しているのには驚きました。どこぞの国の場当たり政治とは随分違ったものです。時折雲行きがあやしくなり、小雨がぱらつく中を散策しましたが、ご案内してくださった市の担当の方が、雨宿りに街区のカフェに導いてくれました。旧市街の街並でもそうですが、いたるところで小休止し、お茶や珈琲を一杯愉しめる場所があるのもヨーロッパの街の良いところではないでしょうか。近代的な理想の街区の中にも、そういう設えは脈々と生きているのです。ドイツのこれからの完成形を見たようなバーンスタット。日本も場当たり的な売らんかなの再開発はもういい加減に辞めて、100年、200年の計で街づくりをしなければならないとつくづく思いました。夕刻、この地より、私たちはフランクフルト空港に向かいました。今回の渡航の全行程です。沢山のテーマや宿題を頂いた気がします。これからの仕事に反映するべく、日日を送りたいと思います。
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        | 歴史・文化・旅 | 08:27 | comments(0) | trackbacks(0) |
        ドイツ視察2016-9【第20回国際カンファレンス・オプショナルツアー1】
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           カンファレンスの翌日は、4つのコースが用意されたオプショナルツアーに参加しました。ツアー1では、「ファィスト博士と行く!stパッシブハウス」というのもあったのですが、私たちはおすすめのツアー3を選択。このために私たちはカンファレンス前日に、自分たちで1stパッシブハウスを訪れたと言う訳です。ツアー3では街全体がパッシブハウスと言うハイデルベルグの再開発の街を散策するツアーに参加しました。まず、道すがら立ち寄ったのは、リンバッハと言う町の集落にある実に1733年に建築されたと言う歴史的保存建築物の改築実例で、現在内部はモダンなオフィスになっていますが、周辺の街並にマッチするように意匠的には出来るだけ創建当時のままを維持し、性能をパッシブハウスレベルにまで押し上げた仕事は圧巻でした。先年のカンファレンスで、私は「レトロフィット」という言葉に感動しましたが、まさにその実践と言う感じでした。1733年と言えば、日本は暴れん坊将軍徳川吉宗の時代です。そう考えると、日本のスクラップアンドビルドとは真逆の取り組みと言えます。設計者のご説明を伺っていると、そのご苦労話も聞けて、我々だけではなく、やはり同じように、法律やコストの許す中で格闘するように世界各地でパッシブハウスを建てていっていることを改めて知り、もっともっと頑張らねばと思いました。半地下の現在設備室として使われている部屋は、なんとかつてジャガイモの貯蔵蔵だったそうで、工事前まではたい積した土で人間の胸くらいまでの高さが埋ていたそうで、工事はその土を搔き出して今の設備室になった事などが説明されました。徹底した断熱と熱交換換気システムで、ごくわずかなエネルギーで空調が行われている、一旦私たちが享受してしまえば、決して後戻りできない快適レベルの空間は、本当に豊なものに思われました。18世紀の歴史的建築物が、今も現役のオフィス空間として使われていて、しかも日本のあらゆる建物のほとんどよりも高性能にレトロフィットしていると言う事実を目の当たりにすると、やれる事はこれから無限だと本当に元気を頂きました。もちろん、このような難しいプロジェクトをこなされたのはパッシブハウスの建築に豊富な経験を持たれた熟練の建築家さんだそうです。計画当初、歴史的建築をそのように扱う事に対して、地元の抵抗もあったそうです。しかし、出来上がってみるとご好評だそうで、これからこういう案件が増えていくのかもしれません。内部にいると、不思議と落ちつき、いつまでもいたいと思える空間でした。
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          | 歴史・文化・旅 | 10:44 | comments(0) | trackbacks(0) |
          ドイツ視察2016-8【第20回国際カンファレンス5】
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             カンファレンス二日目の夕刻、閉会前の最後には、フランツ・アルト氏、ワイヅッカー博士、そしてファイスト博士の3人によるトークセッション。これからのエネルギー問題、パッシブハウスの行方から、時折ナビゲーターが話題を軌道修正して元に戻すほど、果ては国際政治、単語の中にパナマ文書のことまで取り上げられる多岐にわたる熱いお話が繰り広げられました。森代表に内容をお伺いしましたが、最終的にはあらゆる事おいて今後もっと倫理観が問われていくと言うお話だったようです。なんだか日頃私が鱓の歯軋りのように日日を贈り名がも感じ、語っている事と完全に重なっている内容で感動しました。閉会の時には、このカンファレンスの準備に関わるPHIのスタッフの方達やお世話役の皆さんが、続々とファイスト博士に舞台に上げられ、皆さんに感謝するという博士のスピーチによって二日間のカンファレンスが幕を閉じました。
             アジア担当のカウフマンさんの計らいで、今回も日中韓のアジア圏からの参加者が一堂に集められて交流会が設けられました。昨年同様中国勢は圧巻の200名あまり、中国語が飛び交う会場の中で若干引き気味ではありましたが、これから日本も頑張らなければと心に誓う一時でした。全日程のカンファレンスを終えて、最後のダルムシュタッドの夜は、旧市街の広場沿いのにぎわうレストランでの夕食。代表と3人、そしてカンファレンスでお知り合いになったベルギー在中の商社の青年と5人で楽しい夕食会となりました。
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            | 歴史・文化・旅 | 15:42 | comments(0) | trackbacks(0) |
            ドイツ視察2016-7【第20回国際カンファレンス4からのetc 】
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               二日目のカンファレンスの始まりはあの名著「ファクター5」の著者であるワイツゼッカー博士の講演から始まりました。「ファクター5」は持続可能な社会のためにエネルギー効率を5倍向上させる社会への改革と、そのための方法論が書かれた一冊です。以前パッシブハウスジャパンで日本語版を予約購入して一読しましたが、これからの世の中を考え、構築し、将来を推し量る一冊としていつも手元にある本の一つです。この憎い人選に圧倒されてしまいました。カンファレンスでは、こんな著名な方達に生でお会いできるのも醍醐味かもしれませんがセッションが始まり合間を縫って、森代表と私たちは会場からほど近い場所にあるストーブのショールームを訪ねました。ところがです。当日は生憎の土曜日で、午後からはお休みと言う事で張り紙がしてありクローズでした。無駄足だったと落胆しましたがふと、通りの向こうにあるタマネギが目に止まりました。もしやと思いましたが、やはりそうでした。かのオーストリアの画家であり建築家でもあるフンデルトバッサーの手による集合住宅。全く予定にはなかったのですが、ストーブ屋への道のりが無駄にならずに得をした感覚になりました。まさに、宮崎駿が描くファンタジーの世界がリアルになったようなそのファサードは圧巻でした。建築的には通常の構造解釈の骨格にデコラティブなパーツとペイントでそのファサードを構築している部分が若干チープにも見えますが、そこはご愛嬌。見ていて楽しくなるフォルムとカラーは圧巻でした。この建物の居住者が通りすがりに建物を見上げる私たちに向けて、「変わった建物でしょ」と声をかけてきたそうです。ドイツのバウハウスの流れを汲むモダニズムの実践がそこここで小気味良いドイツの中にあって、異彩を放つこの建物もまたとても印象的でした。
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              | 歴史・文化・旅 | 21:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
              ドイツ視察2016-6【第20回国際カンファレンス3】
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                 大ホールでの講演が終わると、各セミナールームへの移動が始まり、セッションごとの発表が行われます。三次元CADからPHPP解析へのソフト利用の講座や、各地のパッシブハウスの実例報告、スーパーマーケット改修のエナフィット案件の発表など様々なテーマのセッションが用意されていました。参加者はそれをスケジュールを見ながらチョイスしていきます。いたるところにフリードリンクのコーナーが設けられ、参加者はランチタイムには会場3カ所に分散した食堂スペースでビュッフェスタイルのランチも自由に取れます。二日間に渡って世界から集まったパッシブハウスに関わる人々が熱気をもってこの施設内で様々な情報交換をする事になります。昨年のライプチッヒにも行かせていただいた御陰で、「去年もいたよねぇー」的なアイコンタクトで久しぶりと挨拶をする事もあります。しばしその雰囲気の中に我が身を置けることは、まさに至福の時間で、自分の非力さと言葉の壁には時々もどかしさがありますが、それでも晴れがましくエネルギーを沢山頂く二日間です。セミナールームを繋ぐホワイエやホールには、選りすぐりのメーカーが各社様々な先進の製品展示をし、それもまた一つ一つが興味深いものです。昨年からあまり変化もないものもあり、また大きく進化したものも見受けられます。総じて言える事は、外皮性能に関してはすでにこのカンファレンスでは語り尽くされたあとで、さてその上でどう換気し、温度を管理し、湿度を管理するか。どれだけワンパッケージに簡素化した設備で、どれだけ小さなエネルギーで快適性を構築していくかと言う事が結集されている感じでした。そう言う意味ではその技術や製品はまだまだ日本にはなく、輸入すれば大変高価なものとなり、夜明け前と言った印象が拭えません。また私たちが大変気に入った言葉が、Passivistということば。ロマンチストとかいう言い方と同じパッシブな人という事なのですが、その真意はこの後ゆっくり日本語で噛み砕いて味わっていきたいと思います。(つづく)
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                | 歴史・文化・旅 | 06:25 | comments(0) | trackbacks(0) |
                ドイツ視察2016-5【第20回国際カンファレンス2】
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                   カンファレンス初日は、昨年のライプチッヒでもそうでしたが、施設内での大ホールで幕があきました。日本のこういうものと少し趣きが違うのは、司会進行と言う感じではなくファイスト博士自らがフリーな感じで舞台に上がり「皆さんおはよう」と言う感じで自然に始まっていくということかもしれません。博士がご挨拶の中で今年のカンファレンスを紹介し、ハッセン州知事、ダルムシュタッド市長、ハッセン商工会議所代表の祝辞のあとに欧州議会議員の方のお話があり、最後に、著名な作家・評論家でもあるフランツ・アルト氏の講演がありました。こうなると自分の語学力のなさが何とも悔しく、同時通訳は英語と中国語のみなので、英語通訳の単語を拾いながら、スクリーンの写真や図表を拾うと言うまるで赤子のような理解力で時間を過ごしました。自分たちの専門分野の事ではあるので、空気感から仰られる事はそうでない方よりはある程度推察がつきます。ただ、その場にいると本当にもっと知りたいと言う渇望が沸いてきます。帰国すれば今度はきっと英語をと思うのは、このときばかりです。なかなか実行には至りませんが。笑。沢山のデータを指し示されながら、過去のデータと未来予測を含めてパッシブハウスの必要性をお話しされている事はもちろんなのですが、フランツ・アルト氏が示したグラフの中の一つが、私の目にぐっと飛び込んできました。そのグラフでは、すでに真っ赤な原発が過去のものとしてしか扱われて2010年には、その領域がなくなっているのです。世界の潮流はすでに原発などと言う経済性もなく、制御が効かずとんでもなく危なっかしい、未来にリスクしか残さない原発はすでに終わった過去のものという感覚なのだと思いました。日本を含めて、いくつかの国が、原発に未だ依存(我が国は実際には依存していませんが)しているなかで、世界の流れはこちらが本流だと言う事を思い知る瞬間でした。後日のセクションでのお話の中でも、しばしばこの原発の話題が重要な問題として取り上げられて、私たちは少し肩身の狭い思いをしながらそのお話を伺っているという感じでした。熊本の震災が起きても、一旦再稼動したものを止めてしまっては、二度と再稼動するチャンスが訪れないと、国民の安全などどこ吹く風で停止させない今の日本は、一体何をやっているのでしょうか。時折分からないセンテンスに狼狽しながらそう言う事が頭を何度もよぎりました。国内にいると、何とか綱渡り的に私たちの日常があり、その綱渡りがこれからも当たり前のように続くと錯覚してしまっている思考停止からなかなか抜け出せませんが、このままでは日本はガラパゴスどころか、常軌を逸したエネルギー政策を銭金のために猛進する鼻つまみ者と化してしまいます。徹底した省エネと環境保全によって、少しでも持続可能な社会を目指すと言う世界共通の流れに背を向ける今の日本の一員として、私は本当にこのグラフ一枚を指し示されただけでも学びがあったと思いました。グラフの赤いゾーンは2050年の予測まで2度と広がる事はありません。理解した人間がもっと声を上げて、国を変えていかなければならないと思わないではいられません。何よりも、福島の現状を見れば、省エネや環境保全をいくら地道にやっても、一瞬にしてその努力が瓦解してしまう原発です。即時停止、廃炉しかないと確信を深めた瞬間でした。大ホールのスケージュールが終わると、各セミナールームでの分野別のセッションが2日間に渡って繰り広げられます。参加者はどのセッションへも参加でき、スケジュールを見ながらはしごすると言った感じです。(つづく)
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                  | 歴史・文化・旅 | 17:49 | comments(0) | trackbacks(0) |
                  ドイツ視察2016-4【第20回国際カンファレンス】
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                     午後から私たちは市街地に建つ会場のスタジアムに向かいました。古い街並に非常に近代的なフォルムを持った建物が非常に過激なところもまたドイツらしさなのかもしれません。建物内は複雑な動線経路で、セミナールームや大ホール、企業ブースが並ぶ空間をつなぐ思い路鋳物でした。プレイベントの一環で催されるいくつかのワークショップのうちから、私たちは最新PHPPと汎用CAD連動して入力していくシステムのワークショップを選択して体験しました。昨年のライプチッヒでも発表されていましたが、更なる進化をとげて、可能性は無限だいな試みがすでに始まっています。どこまで進むのかと言う感じですが、今後の開発に期待大です。詳細はメンバーでまとめておりおり発表していくと思います。昨年もそうでしたが、この会場の雰囲気がたまらない。一旦始まると期間中は世界中からパッシブハウスに関わる方達が集まって、仲間となってワイワイやるのです。各所には企業ブースが出来、先進の技術や製品を惜しみなく情報提供しています。会場の核場所にはカフェやドリンクコーナーがあり、IDカードをぶら下げていれば全てフリー、ランチもフリーで取れます。そんな中で、一年ぶりに顔を合わした人々が「去年もいたよねー」などと握手を交わし、どんな事をやってるかなど雑談したりしているのです。パッシブハウスに関わる皆さんの空気感のすべてが、ここで味わえるような気がします。午後のワークショップから、森代表とも合流し、不案内のオジさん3人は一気に安心な時間を夫まくる事が出来始めました。笑。
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                    | 歴史・文化・旅 | 13:14 | comments(0) | trackbacks(0) |
                    ドイツ視察2016-3【ダルムシュタッド・感動の1stパッシブハウス】
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                       ダルムシュタッド駅に隣接するホテルにチェックインした私たちは翌日、午後のプレイベント参加までの時間を市内散策と大切な目的に使いました。駅は比較的新しい街区にあって、今回のカンファレンスがある旧市街地の会場まで朝から歩いて向かいました。昨年のライプチヒでも街を上げてのイベントでポスターなどが貼り巡らしてあったのだがと言っているうちに、ありました。笑。会場に近くなるにつけてこのポスターを見かけます。そうこうするうちに、本拠地パッシブハウス研究所の前まで来ました。挙動不審のおじさん3人に、若者が声をかけてくれました。「カンファレンスに参加するの?ここは研究所で、会場はこのむこうだよ!」とご親切な案内です。もちろん分かっていますとも、しばし研究所を見たかったのさとにんまりしていると、今度は坂の上から長身の男性が自転車でかなりのスピードで近づいてきました。「やあやあー」とにこやかな表情で急ブレーキをかけたのは、PHIアジア担当のカウフマンさんでした。彼は昨年のライプチヒでもご親切に会場を案内してくださったり、アジア圏の方を集めて臨時のパーティーを開いてくださったり、我々の強い味方です。今年の後半は来日していただくことも内定していて、サイクリンググロープをはずして握手を交わし、和やかな再会となりました。これから準備でお忙しそうで、「じゃあ会場で」と研究所に入っていかれました。また、インターネットで研究所が公開クイズをやっていた二つのBOXも広場にまだ展示してありました。右が、一般的な断熱BOX、左の赤いのがパッシブレベルの断熱BOX。中には大きな氷が入っていて、どれくらい解け方が違うかと言う話です。月初めから置いてありましたが、中を小窓からのぞくと、右側は抱えられるほどの一塊の氷があり、左はまだまだ大きな氷でした。素敵なパフォーマンスです。 会場はダルムシュタッドでも旧市街の中心的な建物が並ぶ中にドイツらしいモダンなデザインのスタジアムです。私たちはカンファレンスのチェックインだけ済まし、今回の旅の一つの目的とも言える、25年前にファイスト博士がこの地で作られたパッシブハウスを見に行こうと地図情報を手かがりに歩き始めたのです。結構な距離がありました。3人で色々な話をしながら、まだ先かまだ先かと足を進めます。それは旧市街の風景が途絶え、いくつかの丘を抜けて大きな公園を通り過ぎ、ふっと現れた閑静な住宅街の中にありました。ただ、街区のほとんどが芝屋根で、それがごくごく自然に見える街並なのが不思議です。眼に焼き付いているこれまで写真でしか見た事がなかったパッシブハウスが視線に入り、「ついに来た」とその建物を見上げました。25年の時間は経ているものの、先年性能も劣化していない事が証明されたパッシブハウスとのご対面は感動ものでした。近所の方も出てきて、「何何、お前達はこれを見に来たのか?」と解説付きです。博士のおうちは一番奥だよと教えていただきました。ご縁があり、日本で3棟目の福岡パッシブハウスを森さんとご一緒させていただき、ドイツツアーに参加してインスブルックで博士にお会いして以来、ことあるごとに博士に再会する厚遇を頂き、ここから始まったパッシブハウスの様々な出来事の末端に、今、自分もいると思うと何だか身震いを覚えました。全てがここから始まったんだろうと思います。しばらく周囲に佇んで、サッシや北側のサンルームを見ていました。博士の住区だあろう一番奥の部分には、太陽電池パネルが乗ったり、風速計が回っていたりとリアルに研究が継続中である事も見て取れました。それはそれは心地よい時間、雲一つない快晴のダルムシュタッドでした。
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