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本日は、忘れ得ぬ日。

 福岡出身のペシャワール会の中村哲先生が、現地で銃撃にあい、お亡くなりになったというニュースが舞い込みました。最初は撃たれたけど命に別状はないとの報道でしたが、後のニュースが死亡を伝えました。どうか誤報でありますようにと願っていましたが真実のようです。あのような志の方が、銃弾に倒れると言う現実はどうにも受け入れ難く、何処か心の中で危険地帯でもきっと神様に守られていると思っていた私などには、ただただ無情感しかありません。

 一方、国内ではろくな審議もしないままに体たらくな国会が、これから私たちの暮らしを脅かさざるを得ない不平等なFTAが可決。何の責任も取らずやりたい放題の政府は、情報開示をする気などさらさらなく、会期が終われば逃げ切りと詭弁と嘘を並べ立てています。

 青臭く正義というものが全てであるなどとは言いません。ただ、世の中の動きがこれほど良くないぶれを見せつけてくれると、神様は一体何をしたいのだろうかと呟いてしまいたくもなるのです。私利私欲に走らず、自らの仕事と定めたものに真摯に向き合い、有名無名に関わらずその分を全うする精神は、かつての日本人の大多数には備わっていたものだと推測します。ただ、今の世の中、権力や財力を持ちえたものほど志が低く、どうにも目に余る状態はどうにもやるせなくて仕方ありません。きっと、この現状の要因は、私自身のなかにも、皆さんのなかにもあると思います。その要因をよく考え、少しでも好転する為に、自ら発言行動していかなければならないと改めて思います。

 崇高なお仕事をされていた中村先生の命が絶たれ、悪政がまた一歩進んだ日として、12月4日は忘れることが出来ません。本日を起点として、また明日から毎日を大切に送ろうと思います。

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| エッセイ | 22:09 | comments(0) | trackbacks(0) |
はるか遠い道のり。

 昨晩は久しぶりにバスと地下鉄を使って繁華街に出た。北海道から25年来お世話になっている恩のある方が来福連れて、会食のための外出だった。御歳81になられたと言うが何のまだまだ矍鑠とされている。一線は後進に譲られたものの、その語り口調は野望みなぎる感じだ。当時まだ30そこそこだった私が、北海道の高性能住宅の流れに共鳴し、福岡札幌を結構な頻度で行き来した頃、その先にはいつもこの方がおられた。大学の先生や資材関係、ご同業の諸先輩方を惜しみなくご紹介くださり、今の私の北海道ルートはこの方を始め数人の諸先輩の暖かいご支援によって、その後今の今まで継続していると言って良いのである。

 かくして25年の出来事をダイジェストでつまんでも充分な量の宴の肴である。酔いも回りそろそろという時にかの恩人が、何気なく語られた。ご自身の脱サラ起業の瞬間、彼は今の私の歳だったそうである。計算すればそうなることはわかっていたが、改めて言われると私は後頭部を殴打された気分だった。考えてみると自分の事務所の開所30年の祝もこなしたばかりだが、白髪白鬚も増え、何となく老け込みがちな自分がそこにある。御歳81歳の大恩人は、いささか緩んだ私にまたひとつの福音を置いて福岡をあとにされたのだ。今、目の前に横たわる事実として、彼は今の私の歳からあの会社を興し、25年余り育てつづけて今の状態にある。少し終り掛けの感じがしていた自分が、また、始まったばかりのように思えてきた。頑張らねばと心に誓った。

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| エッセイ | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
なぜ、こんな世の中になってしまったのか。

 昨晩はお仲間のお誘いを受けて、経済学者の金子勝氏のトークショーを聴きに箱崎のブックスキューブリックに参加。ゲストに昨年まで所属団体のパッシブハウスジャパンの理事としてお世話になった環境エネルギー政策所の飯田哲也氏も来福という事で、これは伺わねばと時間を繰り合わせて伺いました。

 満員の会場で熱気溢れる中、テレビで拝見する金子氏よりも数倍ディープな金子節が炸裂、書き起こせないのが残念ですが、金子氏の俯瞰する経済という視点からの「平成」が、普段住宅業界から見ている髭の「平成」と符合して、やっぱりそうかと合点がいき、胸のすく想いがする有意義な時間でした。小規模会場のアットホームな会だからこそあかせるレアな話題は、まさに閉塞感溢れる昨今のこの国の元凶とも言える異様なメディアの裏側をつまびらかにするものでした。本来、真実が表に出ないことの方が異常なのに、嫌な世の中になったものです。

 金子氏の新著の帯に「なぜ、こんな世の中になってしまったのか。今だけ、自分だけ、カネだけ」とあります。心ある方は、皆さんこんな表現を共有しているのではないかと思います。どんなに視点を変えてみても、未だ続く馬鹿な政治で未来予測にあぶり出されるものはいよいよ「絶望」しかないのですが、諦めることが一番良くないことであるのは自明です。気付いた者、自分で考えることができる者から、早々に備えをしていくしかないのだと思います。久々に飯田氏ともご面会が叶いました。この国を憂う志のある方はまだまだ沢山おられると思うと少し力が湧きました。糧として、またこれからがんばりたいと思います。

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| エッセイ | 18:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
敗戦の日

 原爆の日からお盆を抜けて、本日は、この国が戦争に負けて戦時下から平穏に戻った日てです。政府主催の式典や、各メディアは「終戦記念日」と書いていますが、そのことに何の疑問も感じなくなってきている事と、取り上げられるヴォリウムの小ささに少なからず私は不安を感じます。

 年々、戦争経験者の生存率が下がり、具体的な惨事の生き証人の声が聞こえなくなり始めてからのの国の変容ぶりにはほんとうに仰天します。私たちは、子どもの頃から、悲惨な戦争経験を経て、平和憲法である現憲法が制定され、世界に誇る9条を持った国として、恒久平和への思いは揺るぎないものと習って育ちました。事実、現憲法下で平和が続いているのです。

 いつしか、臆面もなく憲法改正を掲げる阿呆な首相が誕生し、いつしかメディアも懐柔されて沈黙する中、嘘と隠蔽・改ざんを繰り返す国民を顧みない傍若無人な政治が日常になってしまっています。首相が声高に叫ぶのは「経済優先」ただそのためと叫びながら、実は弱者切り捨てと軍拡、格差社会の拡大ばかりが断行されつづけています。「普通の国」と言いますが、70年以上戦争をせずにここまで来れた希有なこの国を、ほんとうに戦争の出来る「普通」の国にする必要があるのでしょうか。戦争を起こそうとする人間は、自分が痛みを分つとは決して思っていません。現実にひとたび戦争となければ、多くの罪もない人の血が流れ、命が奪われていくのです。かつて戦争を経験したその一般市民の方達は、私たちに「何があっても二度と起こしてはいけないもの」と訴え続けてくれていました。眉唾な政治家よりも真実を語る市民の声を私たちは忘れてはいけないと思います。

 近年のこの国の動き、何かおかしいと思いませんか?諦めた時に、戦争は始まります。全体主義に何となく息苦しさを感じる普通の感覚の人が、語り続けなければならないと思います。原爆投下から、お盆を経て今日まで、夏は命の尊さと、平和の大切さ、そしてしばしば牙を剥く政治の恐ろしさを実感する季節だと思います。戦没者の皆様に、黙祷。

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| エッセイ | 21:58 | comments(0) | trackbacks(0) |
長崎原爆の日

 本日は6日に続き長崎に原爆が投下された日です。投下から本日までの長き時間の中で、原爆の犠牲になられ、苦しみ、命を落とされた方たちへ、心から追悼の意を表します。

 ここ数日、テレビは将来を嘱望される坊ちゃん議員の出来ちゃった婚の話題が持ちきりです。その会見が首相官邸で行われ、即応するように首相コメントが出て、何だか国を上げてのお祝いムード。この「つくられた」空気感にとんでもない違和感を感じているのは私だけでしょうか。近年この国は、何もかもが実のない上っ面ばかりに見えて仕方ありません。おふたりの前途が幸多いものである事は願いますが、そんなプライベートな事を官邸を上げて騒ぐ事でも何でもない。政治はもっともっとやらなければならない事が沢山ある。とある番組で「とかく何かと暗い話題が多いこの頃ですが、明るい話題...」などと紹介されているのを聴いてうんざりしました。そんなプライベートな事を騒ぎ立てるなら「何かと暗い話題」を真剣に取り組めと言いたい。ゆとりのポーズで迎え入れた時の首相は、大統領にでもなったつもりでしょうか。また官邸に報告に言った坊ちゃん議員に、将来、庶民の痛みがわかるとも思えません。

 この話は、毎年この日に何らかの形で書いています。私がまだ駆け出しの頃、長崎で小さなビル建設に携わる機会がありました。ボスと一緒にお打合せに言ったクライアントの老夫婦は、いわゆる原爆被爆者のご夫妻でした。奥様のほうのお顔にすごいケロイドが残り、その半分が大きく爛れ、そちら側の目は、その瞬間にかっと見開いたまま固まってしまったような状態でした。やはり最初はどうしてもぎょっとします。奥様は私たちにご親切にお食事の世話など焼いてくれながら、必ず皆がいるその間には座られずに、奥の間の薄暗いところに座られます。暗くてお顔が見えない位置にいつも座られました。暗闇から、見開いたままの目が向きによって時折キラッと光って見えます。そして、私たちの取り繕いを全て合点しているように残りのお顔で微笑しながらこう言うのです。「こんな顔していてごめんなさいね。怖くないけんね。」もう、35年も前のことであるのに、今でもその肉声は私の中でいつでも再生できます。意外なほどに、お声は若々しい活き活きとしたお声でした。なぜ、彼女は自分のお顔で、他人に謝らなければならないのか。何も悪い事もしていないのに。むしろ戦争と言うとんでもない蛮行の被害者なのに。私の中で毎年この日が来ると蘇る瞬間です。

 偉そうにしている政治家やいわゆる上流階級は、戦争を時折「やむを得ない正義」のように口にしますが、そう言う輩に限って我が身は戦場に一番遠い場所に置きます。言い換えれば、一度そうなれば、真っ先に何の罪もない一般市民をこんな悲劇に陥れるのです。戦争の体験者が減り、実感を伴わない輩が権力の中枢で戦争も含めた国防を語ります。政治がやらなればならないのは、国防と言う戦争でなく、「平和」の維持です。あらゆる知恵をもって、人類が到達するべきものは、「平和」です。今の政治家に、その確固たる信念はあるでしょうか。

 何度でも何十度でも、私はあの瞬間の事を語ります。ご自身のお顔の傷を何も悪くないのに謝られた奥様の事を。長年、差別や偏見に苦しまれながら送られたであろうあの奥様の事を。私もまた戦争を知らない世代ですが、想像力を精一杯膨らませて、二度と過ちを起こさないように語ります。

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| エッセイ | 11:46 | comments(0) | trackbacks(0) |
広島原爆の日

 例年この時期になると、6日の広島、9日の長崎原爆の日、15日の敗戦の日が続いて、「平和」と言う、本来空気のように当り前であるべきものが、多大な先人たちの犠牲と教訓の末に辛うじて続いている貴重な幸福である事を思い知らされます。

 年々報道の取り上げられ方も小さくなり、何となくフェイスブックなどの一般の方の記事も見掛けなくなってきているのは由々しき事ではないかと思います。すでに先の戦争を体験した世代の方達が少なくなり、いかにも偉そうに国防や改憲を語る政治家や保守を声高に主張する経済界の親父たちも、ほぼ戦争の悲惨さを知らない戦後生まれだと言うことをしっかりと認識してみなければ、その権高な態度に騙されてしまいそうで恐ろしい。つまり、戦争なんて見た事もやった事もない人たちが、危なっかしくもそう言う事を語り、いじろうとしているのです。

 すでにこの国は、過去にあった戦争を歴史としては捉えられても、体験のないものとして扱う国の時代になっているということです。私たちの子どもの頃はまだ戦争体験者が沢山おられて、口々に「どんな事があっても。どんな方法をもってもやってはいけない事」として私たちにその実体験を語ってくれていました。実体験は真実です。戦争に勝ち負けなんてない、悲惨な事しかない。どんな事をしても避けなければならない。戦争がないと言うことが、平和なのです。

 ともすれば、「平和のために戦争も辞さない」みたいな馬鹿な輩が、いかにも正義を語るかのように連帯を呼びかけます。日々、不自由さを肌で感じる昨今の社会状況は、そんな馬鹿にただ呆れるばかりではなく、バランス感覚がまだ保たれている人々が沈黙せず、常に語りつづけていく事のみしか歯止めが掛かりません。黙していればやがて、沈黙させられてしまう。歴史がそれを教えてくれます。どんな事があっても、一般市民が巻き込まれる悲惨な戦争が起きない事、それが平和です。この季節、その事を深く深く胸に刻みたいと思います。

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| エッセイ | 11:48 | comments(0) | trackbacks(0) |
人のご縁 突き動かす力を頂いて...。

 

 人の付き合いも、5年10年と言う時間は序の口である。

 近頃のこの国の拝金主義の極みは、ひとの心もカサカサにしてしまって、日々の人付き合いも何だか難しい。兎角何事にも全力を注ぐ「癖」の私には、想いの込め方の加減がわからずに戸惑う事も増えた。不器用で、時代遅れと言われればそれまでだが、今更人生の第三コーナーも曲がりかけて、方向転換出来る筈もない。

 世渡りの上手い輩は、その時々の立場で立ち位置を変えて、小器用に人との間合いを臆面もなく変えていくが、それも10年の物差しで観ていけば猫の目のように変わる態度ですぐに馬脚をあらわしてくるから、結局は大切なものだけが必ず残っていく。少なくとも、不器用で時代遅れな私には、他人様には途方もないそういう物差しで物事を見つめて、残る時間で成すべく事、関わるべき人を探していくより他に術がない。ただ、35年余りもこの業界にいると、本当の変わらぬ人のご縁で色々と助けられている実感が日々あるから、私はある意味、果報者だ。良くも悪くも、私は周りの皆さんに「いつも変わらないなぁ」と言われる。まあ、単細胞の私に変わりようはないからだ。その時々の目先の利害など、まず関係ない。世の中が変わろうが、周りの人が変わろうが、いつも追い求めているものは、青二才の頃からずっと変わらない。

 この八月の一日は、参拝する社に故あって一日参りが叶わなかった。少しばかり鬱々としていた夕刻、一本の電話が入る。「坂本くん?わかるか?」幾分嗄れた独特のその声と、はんなりとした京言葉で声の主は何年ぶりでもすぐにわかった。37年前、就職した京都の会社の元上司である。元上司という言葉よりは「兄弟子」という言葉の方がしっくりしているかもしれない。伝統の社寺建築会社の設計部に入った私の大先輩だった人である。その後、彼は独立されて現在まで京都で伝統建築専門の設計事務所を営まれている。私は当時「丁稚」と呼ばれた徒弟の雰囲気が残る職場だった。本当はなかなか話して頂けない上の方だったN氏は、良く私を珈琲に誘ってくださった。その時の会話は本当に愉しい思い出だ。退社の相談も彼に一番にした。彼は「坂本くんはな、器用過ぎるねん。この仕事は、5年10年と飽きもせずやる仕事。色んな事に頭が回りすぎるから、九州に帰って、今様(現代建築)やった方が、君は向いてるかもしれんなぁ」そう言ってくださった。今に思えば、ただ辛抱が足らなかっただけの青二才への精一杯の餞(はなむけ)の言葉だったかも知れない。大恩人の一人である。毎年のご挨拶はこちらから欠かさないが、最近は返信も途絶えがちだった。

 「最近な、また少し九州の仕事が入ってな、そっちに行く事が何度かあったのよ。帰りの新幹線にせき立てられてホームでいつも坂本くんの事を思い出すのよ。アー、今回も声かけ出来なかったと。」私にはその一言が、ただただ有難い。一言一言に受話器を握ったまま最敬礼して何度も頭を下げている。電話の主旨は近況報告の他にもうひとつあった。もと居たその会社の代表が亡くなられたという事だった。私の頃専務だったS氏は、私の面接を直接してくださった方で、設計部の配属も決めてくれ、退社のときもいくつもの条件提示をしてくださって慰留してくださった。頑だった当時の自分の若さが恨めしく申し訳ない。合掌。「全国にOBがちらばってるやんか。みんなで会社の事、心配してるねん」伝統を守り抜く事がなかなか難しい世相にあって、出身会社への愛情と心配が伝わって来る。そして、N氏の声は、引っかかるほどしかいなかった私もそのOBの末席に座らせてくれている優しさに満ちていた。近々またお会いする固いお約束をして、電話を切った。

 何だろう。それ程、多弁にお話ししたわけではないが、私の頭はまた完全にニュートラルに引き戻された。お前は何の為にその仕事を生業として日々生きているのかと問われた一日の夕刻。テーマを神様仏様の住まいから市民の住まいに切り替えて、もう30年が流れようとしている。やっぱりやろうとしていることは変わってない。日々のカオスの中で豹変しながら流れていく「ひと・もの・こと」とは別に、変わらないものがある。「義理はり」なんてもう死語かもしれないが、残りの時間はやはり変わらないそれに使うしかない。少々疲れ気味の自分に力が湧いて来る。何十年と変わらぬ人のご縁のお陰である。枝葉末節にはこだわらず、明日からまた前に進む。自分の感覚を信じて。

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| エッセイ | 11:43 | comments(0) | trackbacks(0) |
【真夜中のつぶやき】 珈琲

 この歳になると、いつの頃からか自分に欠かせないものが一心同体になって、自分に張り付いているようなものがいくつかある。珈琲もそうかもしれない。学生時代、自由になるお金などない筈なのに、母校の街のジャズ喫茶に入り浸っていたのは、我が事ながら未だに謎のひとつである。入り浸りが高じて、マスターに時々留守番を頼まれるようになり、他のメニューは断っちまって構わないから、珈琲だけばお前でも入れてやれと非常に乱暴な申し送りとともにカウンターに入っていた事がある。一息入れにカウンターに座る馴染み客の兄さん姉さんたちが、美味しそうに珈琲を飲んでくれ、色々話してくれる嬉しさで、ドリップを覚えたのかもしれない。珈琲の良さは、会話の間を埋めてくれて、沈黙にも優しい。人と人の間合いを優しく穏やかにしてくれる。もしかすると、今の世の中に一番必要なものだ。

 禅寺の山門の扁額に「喫茶去」と言う言葉がある。今の言葉にすれば、「まあ、お茶でも飲んでいかないかい?」と言うところだろうか。何処までも平易で、何処までも深淵な言葉である。コミュニケーションツールとして、当時はお抹茶だったろうが、今の私には珈琲だ。豆を挽き、湯を沸かし、豆を蒸らし、ドリップする。朝のルーティンで、ポット一杯の珈琲をいれ、自分の仕事のリズムを創り出す。深呼吸と同じようなルーティン。いつしか髭と言えば皆さんに珈琲と言われるようになってしまった。決して特別なものではない。何処でもありそうな珈琲。ただ挽きたて入れたてなだけである。

 きっと、ずっと入れるんだろうな。珈琲。

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【真夜中のつぶやき】 ああ、花粉症

 この時期、毎朝のエンドレスなくしゃみと、何とも気分が優れない花粉症だけは、本来清々しい春の陽気だけに何とも忌々しい。去年は随分楽だったが、今年はちょっときついようである。出来るだけ外出は避け、出る時はすっぽりとマスクをして、帽子と眼鏡で完全防備である。

 昔、知り合いのお医者様から、身体に入る異物に対しての抗体反応だからある意味真面目に戦ってくれていると言われてひどく納得した事がある。その後人は盛りを過ぎると、身体も抗う反応も減衰していくから症状も減っていくとも言われた。去年は随分楽で、これは髭もいよいよ老いかとも思ったが、どうやら今年の激しい症状では、まだまだ現役続行と言う事らしい。喜んで良いのか、悲しんで良いのかわからないが、いずれにしてももう少し穏やかな春を迎えたいものである。目がかゆくその周りが何となく腫れぼったく眠い訳でもないが、何となく集中力に欠けてしまう。珈琲を飲みつづけてもそのまま滝のように流れる鼻水になっていくだけだ。結局少しは薬に頼らなくてはならなくなるが、やはり暴露量を減らすに限るから籠りがちになってしまう。

 さて、スパイシーなカレーでも仕込んで、籠城と覚悟するか。笑。

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| エッセイ | 00:43 | comments(0) | trackbacks(0) |
【真夜中のつぶやき】 男の料理

 男の料理と言えば、こだわりを持ってプロはだしな豪華料理を連想するかもしれないが、髭のそれは日々の賄いの延長である。学生時代に自炊をしていたので、苦にはならない。むしろ気分転換の良いツールだ。ただ、出来れば美味しいものが食べたい。だから多少は努力をする。材料は少しでも安くて品質の良いものを探す。あとの努力とは手間である。カレーを作る時はタマネギを根気よく飴色になるまで炒める。おでんの大根は煮くずれないように面取りをする。納豆は魯山人よろしく荒々しくワシワシと何百回と混ぜる。基本は日常の食事だから、外で食べるもののように味にインパクトは必要ない。至って薄味である。

 考えてみると、そのプロセスは日々の生業の住まいづくりとも良く似ている。完成を夢想しながら、その瞬間に向けて時間を逆算し準備をすすめ、手を入れていく。完成の瞬間にすべての材料と手間が結実していくのである。そして、もうひとつ言うならば、完成の瞬間にみんなが笑顔になる。どちらもその笑顔が見たくて手間を惜しまないのだ。

 住まいづくりはそうそう頻繁に出来ないが、美味しいものは良く皆で共有する事が出来る。悲しくても、辛くても、いやな事があっても、まずは美味しいもので腹ごしらえ。みんな美味しいと笑顔になり、会話も始り、幸福になる。周りの人がみんな幸福だといいな。そんな親父の業なのである。

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| エッセイ | 22:09 | comments(0) | trackbacks(0) |
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