建築YA「髭」のCOLUMN

福岡を中心に住まいづくりをする建築YAのコラム
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赤ちゃんポストのその後...。
 赤ちゃんポストに生後数ヶ月の男の赤ちゃんが置かれていたそうである。これで設置以降2人の赤ちゃんが置き去りにされたが、その事が示すこの施設設置の是非はどのような答えを導き出しているのだろうか。育てきれなくなったと言うメモとともにだそうだが、只、何だかやるせない。
 人間として、この世に生を受けて、何よりも絶対的に裏切らない存在であるべき親が、その義務を放棄して子を置き去りにする。この事がどうしても美談には聞こえてこないのである。不心得者の親を持ってしまった子の悲哀はそれはそれとして感じられても、のっぴきならない理由があるとは言えその親には同情できないのである。だからそんな施設を設置する事自体、全面的に肯定する気になれない。
 我が子を持って思う事は、これほどまでに滅私した愛情を注ぐ対象は他にはないと言う事である。愛おしくて仕方がない。女性は自らの体内に我が子を宿すから、動物的にというかあるいは本能的に親となるが、我々男性は残念ながら状況を判断し頭で学習して親になる。それでもこれほどまでに我が子と言う対象に愛情が向けられる事から考えると、狭く暗いまるでダストシュートのような箱の中に我が子を置き去りにするということが信じられない。
 赤ちゃんポストなどというネーミングが安直な感じもする。もっと残酷な事をしているという惨さを誤摩化す要因になっていないか。のっぴきならない理由が背景にあるケースが確かにある事は認めるが、その箍(たが)を緩めてはいけないと思うのである。
 人間が産まれて、一生を終えて死んでいく過程は、以外にもドロドロと血なまぐさく奇麗な事ばかりではない。解剖学者養老猛司氏が、我々の社会は、人間の誕生から葬式までを身近な場所から病院に遠ざけ、日々の食事から排泄までの生々しい行為を遠ざけてしまった事から何かが狂っていると言う意味の事を言っているが、まさに同感である。何となく人工的なものやシステムにまみれて、動物的な感覚や生身の血なまぐささを忘れ去ったが故に、人間はその野生のエネルギーやバイタリティーすら失念してしまっているようでならない。親が子を思う感情に損得勘定や理屈はない。
 これ以上、この施設が話題にならない事を祈るばかりである...。
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| 社会・事件 | 08:32 | comments(0) | trackbacks(0)
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