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ラッピングバス
 近頃、街で時々様子の変わったバスに出くわす。少し気になって調べてみると、ラッピングバスというらしい。簡単に言えば車体を全部すっぽり包むようにシールを貼った広告を掲載したバスと言う事らしい。コカコーラのあの赤いものや、びっしりと七色のゴム風船の映像で包まれたものなど、見ていて楽しい。
 例えば、ヨーロッパの歴史的な街並に、時折絶妙な原色使いのバスや路面電車が動いていて、そのセンスの良さに感心させられる事があるが、公共交通の車体の外観と言うものも、都市景観のひとつとして重要な要素のひとつなのだと思う。さすがにコカコーラの車体は、広告媒体の歴史も長く、ちょっとロンドンの2階建てバスを連想させて格好が良い。街路樹の歩道に優しく寄り添ってひとを乗せていく光景などが何とも素敵である。どうしてもっと早くやらなかったのだろうか。昔はなかったが、ラッピング技術の進歩なのか規制緩和なのか知る由もない。
 ただ、広告媒体として広く解放する事は良いが、今度は一台一台が勝手気ままだとそれもまた問題である。品の良い抑制の利いた添景のひとつに育てば良いなと思う。
 それにしても日本の街並は、道々に並ぶ建物のファサードが、勝手気ままである事はもうどうする事も出来ないのだろうか。バスばかりがセンス良くてもどうしようもない。形も色も素材も、何とか隣と違うものをと目立ちたいのか、建て主の節操のなさが露(あらわ)である場合が多い。街で、これは何とも下品なと思うけばけばしい色使いの建物を見かけると、早く時間が経たないかなぁと追う。雨で洗い、埃でぼかし、時間による風化は、そこそこ不似合いなものをも何となく周囲に馴染ませてしまう。逆に言えば、その筋の人間としては、その時間による風化に馴染みながらも、いつまでも存在感を無くさない「いぶし銀」のような建物を設計したいものである。若い頃、京都にいて、街並の中で時折けたたましい色や形の建物に出くわす事があって、京都という街は今でも現役で生きていて、千年という時間のフィルターを駆使しながら、今も尚再生と熟成を繰り返していると実感した事があった。それは観光客では決して感じない感覚だった。世界の古都と言われる場所は、何処もそうではないかと思う。こけおどしや、その場限りのデザインはやがて風化して時間が朽ち果てさせる。残るものが本物という事だ。そんな自浄作用が古都には備わっていると言ってよいかも知れない。だから、添景としてのバスなどには、思い切り遊び心の効いた原色が使われるのかも知れない。
 何だかバスの事を書こうと思って、都市景観の事をつらつらと書いてしまった。福岡は、新しいもの好きで飽きやすい人が多いと良く言われる。九州を代表する商業都市であるから、流行に敏感と言えなくもない。功罪は裏表ある。出来る事ならば、本物の背景に遊び心の効いたかわいらしいバスが、元気に行き交う福岡の街並にしたいものである。

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| 建築・デザイン | 08:53 | comments(2) | trackbacks(1) |
コメント
moritoさんへ
 コメント、それから素敵なブログへのTBありがとうございます。私も醜悪な景色に幻滅をしながらも自分の仕事に反省しつつ、また無力さを痛感する毎日です。ベースとしてのさりげない風景が実はとんでもない繊細な感性の賜物である事を自覚する人を一人でも増やさなければなりませんね。景色に限らず、もの・こと・ひと、今の日本では全てにおいてです。
 追伸・蛇足ですが、素敵なお仕事ですね。スティーヴィー・ワンダー、EW&Fは私のソウルにも響きます。これを機会にこれからもよろしくお願いします。
| 髭 | 2006/08/03 2:46 PM |
はじめまして。いつも拝見させていただいてます。
日本の街並の汚さは、自分のブログでも何度も取り上げているんですが、
調和の無さに愕然とすることが多いです。多くのデザイナーたちのブログ
などを観察していても解るのですが、常に自分の事情や手柄を優先させて
いて、もっと広い視野で文化全体を良くして行こうという概念が無いように
感じます。そして、その場限りで朽ち果てるようなデザインでさえ
「東京の文化は常に移り変わる」みたいにトレンディであると多くの
デザイナーたちが思っていると感じます。
「残るものが本物」という言葉を肝に銘じる必要があると思います。
| morito | 2006/08/03 12:25 PM |
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5月のエントリーで「日本人は、美しいものに敏感であるのに、醜いものについて鈍感である」と言う、東京生まれのアメリカ人東洋史研究者エドウィン・ランシャワー氏の言葉を引用した(こちらClick!)。 上の写真は僕の
| 鳥獣遊画 | 2006/08/03 12:25 PM |