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住まいであったまろ...。3
  暖かい住まいの定義は人それぞれであると思うが、燃え盛る炎の前で汗ばむほどの温度を感じると言うパターンは度をこえている。昔の北海道の住まいはカンカンにあっためて、Tシャツ一枚で過ごすような住まいも多かったが、最近はそう言う温度の質も随分向上している。
 少なくとも、ずっと暖かさを意識していると言うことは汗ばむほどの暑さであって、ある意味不快領域に入っている。本当は温度を意識しないで良い範疇で、室内でそう言うことに無頓着で暮らせる空間であればそれが一番良いのである。私のお客様の感想で一番多いのは、「暖かい...と言う訳ではないんだけど、寒くないんだよね」といわれることである。これはある意味最大の褒め言葉で、私が狙っている部分だと言える。外から入ってきたり、外エ出た時にその暖かさは身体で感じるのだけど、中にいると段々意識しなくてすむ、つまりストレスがない状態の温度てあると言うことが理想なのである。暖まると言うと、炉端で顔を真っ赤にしながら温度を感じると言う光景を想像しがちだが、もっとよい暖かさは、そう言う無意識の世界だと言えるのである。
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| 住まいづくりのヒント | 08:07 | comments(0) | trackbacks(0) |
住まいであったまろ...。2
 あの極寒の銀世界の中の暖かい部屋の感動は、今も鮮明であるが、それほど寒さの厳しくないこの九州福岡において、なぜにこんな2才のかと言うのも私の疑問で、しかも案外大量のエネルギーを投入して暖をとっている実状を見ると、何かのバランスを住まいは取り戻さなければならないのではないだろうかと思わざるを得ない。
 かつての北海道の住まいのように、化石燃料を焚きまくって、真冬でもTシャツ一枚でビールジョッキを持っているイメージが良いと言うのではない。少なくとも、寒さがストレスにならない程度の温度キープが可能な住まいにはしたいのである。一旦作った温度を逃がさないためには、何よりも先に断熱気密のキープであって、私としてはそれをもう20年もやってきているのであるが、漸くここ数年の省エネブームで、実際にお財布に響くことだから関心が高まってきていることは良いことだと思う。ただ、私としてはそこどまりではなくて、省エネであると同時に、快適であることの追求と、同じベクトルであると言うことをもっと普及したいのである。(つづく)
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| 住まいづくりのヒント | 08:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
住まいであったまろ...。1
 本日の福岡はうっすらと雪景色になった。遠方の方でこのブログを読んでいる方は「九州で雪?」と思われることがあるかも知れないが、福岡では珍しいことではない。日本海型の気候で曇天候も多く、北風が吹き続けている冬はとても寒いのだ。寒冷地の方が福岡に来て、あまり設備が良くないので、寒い寒いを連呼して風邪をひいて帰ると言うパターンはよく聞く話である。
 住まいをつくっている私たちからすれば情けないお話だが、ここをなんとかクリアしていこうと言うのがこの20年の私のテーマである。窓辺から見る雪景色も、他人事のように見える性能の良い窓越しであるとその美しさも格別である。随分昔に、北海道美瑛町のペンションに仲間と宿泊した際に、窓辺から広がるパウダースキーの銀世界に感動したものだが、その窓辺が寒くなかったことは、今でも体感的に記憶している感動のひとつである。そう考えると住まいの性能と言うものは、北海道に必要で九州に不必要ということではなく、どんなエリアにも過酷な気象条件で快適に暮らすための必須条件だと実感したものだった。(つづく)
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| 住まいづくりのヒント | 07:51 | comments(0) | trackbacks(0) |
寄り添ってくれる住まい。3

 見かけの満足はあっても、それが一過性であっては何にもならない。住まい手がおよそ住まいのことなど考えなくなってからも、住まいは住まい手にそっと寄り添っていなればならない。また、逆にそんな住まいだからこそ、住まい手は住まいのことをずっと考えているのである。表層のことは別として、住まいに対する安心感や信頼や、安らぐ雰囲気や居心地と言ったものが、愛着につながっていく。また大切に住み手入れを繰り返していけばまた愛着がわいてくる。その循環で、住まいと住まい手はぴったりといつまでも寄り添うのである。住まい手の人生のかなりの部分を飲み込んでいる住まいを、そう言う無意識の安心感に包まれた空間にすることこそが、私は文化ではないかと思ったりする。文化は育まれていく何百年も生き続ける。住まいもその文化とともに生き、住まい手やその子孫に対して何代も寄り添ってまくれる。そうして無二の関係になっていくのではないだろうか。私は住まいについて、そんなことを期待するのである。

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| 住まいづくりのヒント | 08:43 | comments(0) | trackbacks(0) |
寄り添ってくれる住まい。2

 例えば見かけのことや、一過性の機能というわかりやすい住まい手のリクエストに対してお答えすることは比較的容易である。予算配分さえしてあげれば、出来ないものは何もないのだ。しかし、住まい手はそのリクエストが何年で風化するかなどということは全く考えていない。それを考えるのは私たちの仕事なのかもしれないのである。比較的、めざとく言われることほど、風化する時間は早くやってくる。住まいと住まい手とのお付き合いは長丁場である。住まい手の意識の及ばないところまでも、長い時間がまっている。私たちが出来ることとしては、その性能や雰囲気や、提供出来る昨日が一日でも長く持ち、住まい手に寄り添えるかどうかと言う部分を一番に考えたりするのである。断熱材の厚みは、ある意味住まい手の表面的な満足とは遠い部分に見えてしまう。それよりは、壁をどう仕上げるとか、アプローチをどう演出するかなどと言うことの方が大切に見えてしまうのである。勿論それも大切だが、私たちはその奥深くに潜在する、住まいの質についてしっかり考えなければならないのである。(つづく)

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| 住まいづくりのヒント | 08:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
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