住まい手が自分の暮らしぶりから練って生み出した、こういう暮らしをという「種」を、今度は私たちが発芽させ開花させ、実を結ぶまで練り上げます。それは単純な効率重視の取捨選択ではなく、まさに行きつ戻りつの作業です。同じ事を繰り返す事が発酵を促し、内容を味わい深いものにします。演奏家が、一枚の楽譜を演奏するたびに発見があり、その演奏の深みを増していくように、私たちの仕事も練る事によって時間の流れに抗わず、時間の流れに風化しない空間の構築をしていくのだと思います。薄っぺらい取捨選択だけで上っ面だけの辻褄を合わせた感じで進んでいくと、つまり飽きの来るようなものになってしまいます。奇をてらったデザインはそういう部分で産まれてくるのかもしれません。絶賛されるものよりは、じわじわ褒められるような仕事にしたい。食らい付きが良くても、飽きられるような仕事にしたくない、そんな想いがあります。考えれば、何十年も暮らし続ける住まいです。そこの数ヶ月を端折ってどうするかとよく思いますが、かつての民家と言われるものは、原木を切り倒し製材する季節を選び、組んで小舞壁を仕上げていくのにもひと梅雨あててと何とも時間のかかる形で作り上げられていきました。若き日に京都で垣間みた社寺の世界では、工期3年とか5年は当たり前です。それを数ヶ月でバタバタとやる方が無理がある。時節柄、それも仕方ありませんが、そんな中でも、ためらわずに練っていくということは、怠らないようにしたいといつも思っています。
何だか仕事が遅い言い訳のようになってしまいましたが(笑)、それは逆にお客様の中の発酵が進むまで待つと言う事でもあります。やはり、練れば練るほどに、シンプルになり、飽きの来ないものになると言う事は、まぎれもない事実だからです。(おわり)
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