建築YA「髭」のCOLUMN

福岡を中心に住まいづくりをする建築YAのコラム
住まいづくりを平和とともに...。3
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     平和でなければ難しくなるのがより創造的な仕事です。だからこそ、クリエイティブな仕事につくものは、敏感に社会に目を向けて、当たり前の平和を堅持していく気持ちを強く持っているべきだとも思います。近代の巨匠達も、愚かな人間の戦争によってその活動を妨げられだ時代をくぐっています。近代建築の巨匠ル・コルビュジェはパリの活動を中断し、郷里スイスのラ・ショード・フォンで美術学校の講師としての時間を過ごしますし、ドイツのミース・ファン・デル・ローエは、バウハウス校長の身分で学生達と建築教育をナチから守ろうと奔走し、最後はアメリカに亡命をします。フィンランドのアルバ・アアルトは従軍の経験の影をずっと持っていましたし、絵描きも、音楽家もあらゆるクリエーター達が、息を殺して生きる時代を経験したと言えるかもしれません。そう言う時代にもクリエイティブな仕事はありますが、過去の歴史に照らし合わせれば、権力に媚びた仕事はやがてその終焉にメッキが剥がれ時間に濾過されて消えていくのです。常に、自由で平等な空気の中に息づいたものしか、創造的ではないという事かもしれません。

     おそらく、今の時点で、こういう事を書かない方が、仕事上は有利に事が運ぶかもしれない。そんな懸念は拭えません。ただ、いわざるを得ない社会の状況下で、私は沈黙は出来ないと思います。極めて不安定で、危なっかしい状態から、私は少しでも平和的で平等な社会へ戻るように切に願うものです。それはおそらくひとりひとりの心持ちの集合ですから、個人が冷静になり、思う事から始めなければならないのだと思うのです。集団的発狂に巻き込まれず、肌の色も言語も違う人たちとも、生身で向き合うべきだと思います。そのために、今、語る事、語り合う事、お茶を飲む事、同じものを食べる事、微笑み合う事を忘れてはならないと思ったりします。(つづく)

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    | 住まいづくりのヒント | 07:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
    住まいづくりを平和とともに...。2
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       いつも時代に翻弄されるのは歴史に名を残す政治家や著名な人間ではなくて、一般市民です。戦後の70年余りを経て、社会システムの行き詰まり感が何かの変化を求めている事は確かですが、世界的に見てもその変化が、今必ずしも良い方向へ行っているとも思えないのは私だけではないと思います。ただ、こういう時だからこそ、そう言う大きな渦に巻き込まれていく中で、私たち庶民はしっかりと自分たちの安寧を保っていかなければならないと思うのです。平和を脅かすものは集団的発狂状態です。今、平和を唱え護憲を唱えると、すぐさま「左翼だ!お前は日本人か?」と騒ぐ輩が増えています。右も左もない。極端に声高に敵を創ってファイティングポーズを取ることが本当の右でもないと思います。全体主義は個人を蔑ろにします。個人が心から微笑むことが出来ない社会が、何の国のかたちを保っているのでしょうか。わずか100年も遡らなくとも、大いなる失敗に辟易として、2度とそうならないために創られた様々な安全装置が、現実の戦争を知らない世襲首相によってことごとくねじ曲げられていく様は見るに耐えません。今、偉そうにしている政治家達が、かつての悲惨な戦争を身を以て知らない人々である事を私たちは監視しなければならないと思います。雰囲気で、今の流れを、それも致し方ないのではないかと思い始めている人々が、図らずも後押ししてしまっている。無意識にです。ある意味何も考えずにずっと平和であったのは稀な幸いであったかもしれない。ただ、それには多くの犠牲を払った過去の失敗が基礎となっています。

       家族の中のお年寄りの話を聞けば、時代の証言者はまだ沢山おられます。戦前に戻りたいと嘆くお年寄りがどれほどいらっしゃるでしょうか。話題になったあの幼稚園の異常な偏向教育を、誰がまともな次世代を育てる方法だと思ったでしょうか。誤摩化していますが騒ぎになる迄あの教育を目を細めて歓迎していた首相です。基本は一個人であり、家族であり、日々の暮らしです。日々の暮らしが立つように、よくよく考え続ける事がその舞台をつくる私たちの仕事だと思います。

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      | 住まいづくりのヒント | 07:40 | comments(0) | trackbacks(0) |
      住まいづくりを平和とともに...。1
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         何だか危なっかしい言葉が常に飛び交う世の中です。そんな言葉を使わずに、想いを語ろうと思えば、「平和を守りたい」とそのひと言に尽きます。「誰だってそうだ!」と声を荒げて平和ボケだとか、お花畑だとか弁ずる人が増えていますが、まさにその論調や態度こそが、すでに悲しい戦争の始まりなのです。「平和を祈らない奴があるか!」と言われれば、その人には祈り方が足りないと私は反論したくなります。どれほどの人が、本当に武器を使い、見ず知らずの人を敵だと言って、殺傷したいと思っている人がいるでしょうか。あの危なっかしい三代目の国だって、国民のひとりひとりが本当にそれを望んでいるのかと言えばそうではないと思います。むしろ、こちらの国の三代目は、戦争の危機感もないままに、国民にサリンが来るぞと脅しておいで、自らはのんきに花見に興じ、緊迫状態に乗じて自らのズブズブのスキャンダルをもみ消して政権を安定させ、武器を売り、国際舞台でイイ格好をするべく躍起になっているのですから、命あっての物種の庶民には溜まらないものがあります。住まいづくり屋に何が出来るかと言うことを最近よく考えますが、ひとえに平和は、ひと一人一人の安穏とした心持ちからだと思いますので、その気持ちを温存させるにはどうしたら良いかとそんな事ばかりを考えています。(つづく)

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        | 住まいづくりのヒント | 09:03 | comments(0) | trackbacks(0) |
        木の住まいって、優しい...。5
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           木の住まいの優しさについて少し書いてきました。優しさは、ただただ求めるだけのものではなくて、相互に育むものではないかなと思ったりします。そう言う意味では、木という素材は優しく手入れをしていくことでいつまでも美しさを保ち、私たちに何とも癒えないやすらぎを与えてくれる素材です。ただただ堅固であると言うだけでもなく、その部分が大切であるような気がしてなりません。何となく刺々しい世の中は、欲求に応えて消費すると言う一方通行の→ばかりに慣れ過ぎで、ものに対しても、人に対しても、とても「優しさ」に欠ける昨今です。今こそ私たちはこの「木」を大切に使いながら豊かに過ごす日常を思い起こす必要があるのかもしれません。効率ばかりが重んじられ、木肌を磨く時間すらなくしてしまっている今、私たちは便利の先の不便に打ち当たっているのではないでしょうか。対峙すれば銃を取り、ファイティングポーズをとってしまう。体制に逆らえばそれはすぐさま反逆である。お金で買えないものはなく、経済のためなら武器でも原子力でも売りさばく。つやのある木目をじっと見つめてご覧なさいと私などは言いたいのです。木材はその材になるまで大地に立ち、何十年も太陽と土の養分を頂き育ちます。それを伐採し製材し、肌を磨き、油を与え、私たちに優しく語る木肌になります。お金には換算できない途方もない時間です。私はこの木を使って住まいづくりをする日本の本来の豊かさをゆっくり考えれば、自ずと「今」のおかしさが見えてくる気がしてなりません。みなさんで、もっともっと優しさを取り戻さなければならないと思います。(おわり)

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          | 住まいづくりのヒント | 06:24 | comments(0) | trackbacks(0) |
          木の住まいって、優しい...。4
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             法隆寺に行かれた方は、1200年前から変わらぬ見事な伽藍に目を奪われ、五重塔や百済仏に注目されるだけでも余りある場所ですが、私は伽藍を囲む廻廊の柱一本一本を少し見ていただければといつも思うのです。見事なまでに、時代時代で朽ちて傷んだ部分を、同じような木目の木材を当てはめて、まるでパズルのようにして補修している匠の技の極地が普通に見る事が出来ます。私はいつも、あの場所に立った時に、悠久の昔から連綿と続くその技に感心し、その技をもってこのお寺を伝え続けてきた人間の意志に驚嘆しないではいられないのです。そして、1200年とは言わなくとも、少なくとも私たちの創りだしたものも、せめて木材の寿命を全うするくらいの間は、住まい手に愛でられ、温存するための手入れをしていただけるように創らなければならないと思うのです。

             近代この国の建築は、まさにこの真逆の消費されるものに成り下がりました。優しい木材を使っているのに、優しくないのです。私は優しさのあるものを出来るだけ次世代に繋げていくような、そんな仕事が出来たらいいなと思います。甚だ乱暴ないい方ですが、どんな劣化対策よりも、私は住まい手の愛着こそがその住まいを温存させていく原動力だと時々口にします。もちろん、性能も、劣化対策も大切な事はもちろんですが、それも、住まい手の愛着があってからこそなのです。(つづく)

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            | 住まいづくりのヒント | 05:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
            木の住まいって、優しい...。3
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               森の木を切り出して乾燥させ材料とすれば、構造材としても、仕上げ材としても他のものよりも断然加工しやすく、丈夫でで手入れ次第では長持ちをします。あくまでお手入れをしてと言う条件はつきますが、古くなるほどに味わいを増して、存在感すら増していく材料として、木材は住まいに最も適していると言うべきかもしれません。それ程目通りの良い一級品でなくとも、私などは無垢の木の床を使います。ここはどんなにローコスト住宅でも譲れない。毎日触れていくものですから、こだわりと言うよりも絶対の条件なのです。木を浸透

              性の保護塗料で仕上げるだけで、長く使うほどに良くなる床になります。塗膜をつくる塗料はちょっといただけません。呼吸しなくなり、脂も吸わず、汚れ始めると陳腐で始末に負えなくなってしまう。無垢の木の床は、浸透性のあるもので仕上げれば、足の裏から出る脂を吸い取ってくれ、素足にも気持ちよい床で、日々乾拭きをして手入れしていくとどんどん光沢が出てくるのです。総じて見た目にも触れてみても「優しい」材料だということが出来るのです。

               合板に表面だけ木目の良いところを貼った複合フローリング(いわゆるフロア)や、最近では見事に木目をフェイクした木に見える全くの別物すらあります。ただ、そういうものは、ひとたび劣化し始めると無惨なものが多いし、10年スパンの時間経過にはなかなか耐えれないものがほとんどと言わざるを得ません。結局巡り巡って一番「優しい」ものは、私たちが手入れをする「優しさ」で使う木だったりするのです。(つづく)

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              | 住まいづくりのヒント | 06:33 | comments(0) | trackbacks(0) |
              木の住まいって、優しい...。2
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                 近頃の世の中は何だか殺伐としていて、上にいく程やりたい放題で我儘きわまりないのには呆れますね。奥様を通して見えてきたお友達優遇政治は時に乗じて完全に頰っ被りして、アメリカのシャイアンみたいな大統領と、この国の近くのヘアスタイルがすごい人が危なっかしい戦争を始めかねない中で、何となくそれを機に、この国をキナ臭い方向へ進めたい感ミエミエの社会の動きは、庶民としては辛いものがあります。全てにおいてこの異常事態は何なのだろうと思う事が多いのですが、要は、全てにおいて「優しくない」のです。社会的地位や影響の大きい人ほどそんな感じだからおかしくなっているのではないかと思ったりします。考えれば、無垢の木の優しさに癒される時間など彼らにはないのかもしれませんが、本当に胸が痛くなってしまいます。高度成長期のスクラップアンドビルドが染み付いているのか、何となく薄っぺらいもので囲まれている暮らしこそが、その元凶ではないだろうかと言えば言い過ぎかもしれません。ただ、私などは、分厚い無垢の天板のテーブルと木の椅子に座り、ゆっくりと温かい珈琲など入れて差し上げて、静かに会話を愉しむような時間をもっと持つ事で、ほどけていく事も多いのでないかと思ったりします。(つづく)

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                | 住まいづくりのヒント | 09:27 | comments(0) | trackbacks(0) |
                木の住まいって、優しい...。1
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                   日本の住まいは、長い歴史の中で豊かな森林資源とともにあり、そのほとんどは「木」で創られてきました。私たちはその長い時間の延長線上で今を暮らしています。木の優しさは、私が語るまでもなく、皆さん実感としてお持ちでしょうし、日本人であれば誰でも共感できる感覚の一つかもしれません。ただ、戦後70年の日本では、敗戦による焼け野原からの復興という命題のもと、短期間によるスクラップアンドビルドが繰り返され、木造の住宅も何時しか20年とか25年と言う周期で建替えられる代物に成り下がってしまっている感はあります。本来の木造住宅は100年とか200年とか言う時間スパンで住み継がれていくもので「今」の有り様が必ずしも理想的ではない現状も現実なのです。以前読んだ本の中で、法隆寺大工だった西岡棟梁は生前、樹齢300年の木を伐採して材料として使えば、少なくともそれから300年と言う時間は十分に耐久性のある材料だと言う意味の事を言われていました。とすれば、現在の木造住宅の一般的な柱の太さの材料を木取りするには、最低でも50年くらいの樹齢は必要だと言う事で、であれば50年は十分に持つと言われる柱で20年しか持たない住まいを創ると言うナンセンスが今あるとすれば、それは改めて行かなければならないと思うのです。JUGEMテーマ:建築

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                  | 住まいづくりのヒント | 06:53 | comments(0) | trackbacks(0) |
                  愚直に髭が建築YAである理由...。5
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                     30年もこのスタンスで仕事をし続けてきたのですから、残りの時間を考えても、今更方向転換など叶いません。私は愚直にただ住まい手の最良の空間を求めて直向きに取り組んでいく事しか出来ません。もっと効率を良くとか、瞬間的な採算ベースに乗せてなどとも考えますが、お客様の住まいづくりとして少しでも採算ベースに乗せてと思い、もがけばもがくほど、自分の採算ベースが危うくなってくるのですから始末に負えません。笑。ただ、そこに私たちの存在理由があるのかもしれないと思ったりもするのです。京都で垣間みた伝統建築の世界は、誰がこんな仕事を見て喜ぶのかと言うようなスタンスでは仕事をしません。依頼人に及ばず、「後世の人」とひとくくりにして、遠い未来にも想いを馳せてものづくりをします。住まいづくりとて、そう言う視点は必要かもしれません。依頼人である住まい手自身のためである事はもとより、後世住み継がれる方のため、またその住まいがそこに存在し続ける事による社会の意味や貢献度、色々な事が良くなる方向へと考えながらものづくりするべきなのではないかと思ったりします。先日イベントで、20年前の仕事を再びお披露目して皆さんに褒めていただく機会がありました。日々の苦労も解けていく至福の時間でしたが、やはり私は、愚直にそう言う仕事の仕方しか出来ないと確信した瞬間でした。古い仕事のメンテナンスやご相談に、最近「家守り」という言葉を造語して使っていますが、私の仕事はまさに一つ一つ新しい住まいを創造しにながら、かつての仕事の家守りをずっとしていく事だと思います。住宅業界は、しばしば「手離れ」という言葉を使いますが、一旦創りだせば、手離れなんてないんです。もちろん、経済行為としての住まいづくりには区切りはありますが、その後は、住まい手とのエンドレスな人間関係が続いていくのです。この愚直な仕事ぶりで、どこまで生き伸びれる事かは神のみぞ知るですが、やはり、私は愚直に建築YAであるのです。(おわり)

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                    | 住まいづくりのヒント | 07:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
                    愚直に髭が建築YAである理由...。4
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                       京都で、伝統建築に触れる事に憧れて就職して間もなく、血気盛んなゆえに疑問も感じ、会社を辞めようと思った時に、一番慕っていた先輩から「お前は器用過ぎるからこの仕事は向かない。早う今用(現代もの)を覚えて気張ったらいい」と助言を頂いたのは今でも鮮明に覚えています。今思えば、鼻っ柱の強いどうしようもない後輩に対する餞(はなむけ)の言葉に違いなく、精一杯の褒め言葉に脚色して戒めてくださったんだと感謝の気持ちでいっぱいになります。10年ほど前、そんな先輩が福岡を訪ねてくれた事があります。二人で一杯やりながら、後継者不足の業界にあって「坂本君、おまえ京都に戻ってこーへんか?」とポツリと寂しそうに言われた事がありました。ふっと「お前には向かない」と言われたじゃないかと口に出そうになりましたが、それ程先輩も困られているんだなと思いました。「もう今様の手になってしまいました。僕にはおそらく無理ですよ」と言うと。「そうやな。むりよな。冗談やがなー」とお話はそれっきりで、先輩は来福の目的も語らずに帰っていかれました。

                       現代の住まいづくりの分野にあって、器用すぎると言われた私が、ここまで不器用に一つの事をやり続けていると言うのも皮肉なものですが、当時の経験や諸先輩のご指導は今も仕事に繋がっているんだなと最近良く思います。あちらの道にそのままいたらどうなっていたのか、ifは存在しませんが、愚直に淡々と仕事をしていくスタンスは変わらなかったのかもしれません。そう言う意味では、私は当時と同じように、不器用までに一つの事を進めていくその姿勢に憧れているのかもしれません。(つづく)

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                      | 住まいづくりのヒント | 07:33 | comments(0) | trackbacks(0) |
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