建築YA「髭」のCOLUMN

福岡を中心に住まいづくりをする建築YAのコラム
光熱費ゼロの家はすでにあります。3
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     冒頭から申し上げている「光熱費ゼロ」は、電力会社がつくった電気を買ってくれることが前提になっています。日ごと売電価格が引き下げられて、10年固定もやがては保障されなくなってくるでしょう。そうなれば、「光熱費ゼロ」の仕組みは徐々に瓦解して、成立しなくなってくるのです。考えても見れば、電気をつくって売っている電力会社が、どうして好き好んで個人がつくった電気を買い取ってくれるのでしょうか。しかも、電力料金の明細をよく読めば、その買い取り価格の負担は普段電気を買っている皆さんで負担しているのです。つまり、電力会社が電気を売る商売の絶対量が担保できていて、誤差範囲くらいで余剰電力買い取りをしていればよいですが、そもそも方便ですから、それが脅かされてくればこんなシステムはいつか崩壊するのです。では、私たちがこれから目指して行くべきものは、「光熱費ゼロ」の家ではダメなのでしょうか。

     貨幣経済に則れば、一旦貨幣価値に変換して買う電気も、売る電気も現金換算して、収支をゼロからプラスにして行くことは住む人にとって実益で、悪くはないのです。ただ、来たるべき余剰電力買い取りのシステムが崩壊したあとを考えれば、それだけではすぐに怪しい仕組みになってしまう。ましてや、住宅販売のためのうわっすべりなネタ的な「光熱費ゼロ」は、甚だ信用がなりません。更に、電気の単価は徐々に上がる一方で、下がる要素は見あたりません。つまり、貨幣経済的には消費が金銭換算で下がる傾向はなく、むしろ上がって行くのです。すなわち、消費する電力が極限まで小さい、つまり分母の部分をどこまで小さくできるかと言うことが、何よりも優先して大切なのです。分母が小さければ、それほど無理して電池パネルを鬼のように大量に乗せる必要もありませんし、すなわち初期投資も減ります。あえて継続可能な暮らしのための環境負荷のことはここまで述べませんでしたが、お金のことばかりでもない。取り扱う数字が小さいパイであることに越したことはないのです。(つづく)

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    | 住まいづくりのヒント | 07:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
    光熱費ゼロの家はすでにあります。2
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       さて、「光熱費ゼロ」の家は、技術的には実現可能な範疇になってきていると言うお話をしました。太陽光発電の売電価格は徐々に下降傾向にありますが、それでも電気の消費コストと屋根に上げたパネルの売電の収支をゼロからプラスに変えて行く方法はまだ瓦解していないようです。ただ、一般の方に取っては、「光熱費がゼロ」というキャッチーなタイトルが一番インパクトがあるのですが、これにも「質」があると言うことは理解しておかなければなりません。

       近年、住宅設計のプラン段階で、その住宅のエネルギー消費をシミュレーションする計算ソフトが充実してきました。そう言う意味では、単純に設計のテクニックの部分でそう言うソフトを使い、エネルギー収支を想定して太陽光発電を設定すれば、いわゆる「光熱費ゼロ」はあり得るのです。普通の技術の範疇になってきた。ただ、売電を分子として、光熱費を分母としてこれを1.0ないしはそれ以上に設定すればよいと言うお話でもありません。世の中には、この分母の部分、つまり消費を小さくすることなく、無理やり分母に見合う膨大な量の発電パネルを屋根にあげて「ゼロエネ」を実践しているものも少なくありません。あげくには売電益で住宅ローンを返済などという誘い文句も見受けれる始末。それが高性能な家になっていればいざ知らず、今までといくらも変わらない性能の家に、償却期限のある高設備が乗っかっただけの家を「高性能」と言って売るということは、ある意味、賞味期限付きの眉唾なお話だと言えないでしょうか。そう言う事例は多々見られますから、ほんとうの質を見極めなければならないのです。(つづく)

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      | 住まいづくりのヒント | 07:28 | comments(0) | trackbacks(0) |
      光熱費ゼロの家はすでにあります。1
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         空前のエコハウスブームで、私の事務所にもその関連のご質問を頂くことは近年増えた気がします。天の邪鬼な私は、「住まい」とは暮らしの具現化だからもっと大切なことがあるなどと、普段はここで吠えまくっているのですが、すでに、条件を整えて行けば、少なくとも九州北部と言う我々のエリアに限っては、「光熱ゼロ」という家は夢のまた夢ではなくなってきていると言うことを書こうかと思います。これは単純に設計のテクニックと技術ですから、しっかりとした外皮性能アップと創電、売電という現在のシステムをうまく活用すれば可能なのです。

         先日、昨年弊社設計で新居を建てられたお客様から、売買電の収支データをご送付いただいて、オール電化の住まいで、常に買う電気よりも売る電気の方が多いために、実質毎月住まいながらキャッシュバックがある住まいの実現が裏付けられました。屋根の上には5KW弱のバネルが上がっていますが、今のところ冷暖房・換気・調理・その他家電で使う電気はすべて創電で相殺してまかなっていると言う感じ。お車をEVに変える際に、蓄電を可能にすれば現在の黒字分がEVのエネルギー分が出てくるのではないかと考えたりしています。つまり、住まいづくりはそんなところに来ています。こう書くと、とんでもない夢の世界が実現し始めているように感じられますが、実はこれは私たちが25年前からやっている省エネ住宅への模索に、技術やシステムが追い付いてきているだけのことなのです。そう考えると、一方今だ断熱のことも余り考えない住まいが建ち続いていることには目眩を覚えますが、まだまだ日本の住まいは激変して行くのではないかと思います。(つづく)

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        | 住まいづくりのヒント | 07:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
        チキンラーメン 5
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           住まいは、その住まい手に深く関わり、その人に寄り添い、その人とともに時間を刻々と刻むのだと思います。奥様は、その後も随分気丈に、その家をお一人で守られていました。ただ、やはり畑や花壇の管理、また山間の一軒家でしたから、老人のお一人暮らしでは心細いことも多かったと思います。花壇はボランティアで手伝ってくださる方にお願いしたり、畑は段々縮小されていったように思います。しばらく経って、ある日奥様からお電話がありました。「私、分かりますか?」と奥様。「あのね、今この家をすごく気に入ってね、住み継いでくれるご夫妻がいるの。息子達も大阪に来いと心配して言ってくれるし、本当はお父さんと同じように、ここで最後まで迎えたいけど、段々危なっかしい老人になって、ほら、余り我儘も言えないから。坂本くん、ごめんね。もしかしたら、そんなことになるかもしれない」とご連絡を頂いたのです。もう、随分オヤジになってしまっている私は、ご夫妻に取ってはいつまでも「坂本くん」でした。

           終の住処は、リタイアしたあとの余生を、ご夫婦お二人で過ごす住まいだから、自ずとそう言う時は訪れるのですが、その最後まで、私は関わることが出来て幸福だったかもしれません。もとより私は奥様のお電話に感謝の想いを返し、建物のことで何かあれば、何時でも動くからと伝えました。「ありがとうね、坂本くん、お父さんもきっと喜んでるよ」土地の売買や、境界線のもめ事では随分ご苦労されたご夫妻でしたが、住まいに関しては始終褒めてくださっていましたし、おふたりの人生に取って、少なくとも悪い住まいではなかったと私は信じたいです。そして私か関わったことも、紆余曲折を少しでもお二人に優しいものにしたと信じたいです。後にこの住まいは、仲の良い地域の別のご夫妻に委ねられたと聞きます。

           私があの、プーンと食欲をくすぐるチキンラーメンの独特の薫り。あの薫りとともに瞬時に思い起こすのは、このご夫妻のことなのです。そしてこのご夫妻との数十年の軌跡は、私の住まいづくりに向かう姿勢の原点と言っても良いかもしれません。まさかそれから30年余り、ずっと住まいづくりをやっているとは、当時の生意気な私が知る由もありませんが、住まい手に対する私の気持ちは、当時と変わっていないと思います。あの変わらない、チキンラーメンの薫りと同じように。思い出話は五万とありますが、登場人物がほぼ鬼籍に入られ、時が濾過した話題なので、少しだけご披露致しました。(おわり)}

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          | 住まいづくりのヒント | 07:18 | comments(0) | trackbacks(0) |
          チキンラーメン 4
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             そんなお付き合いが数年続いたあと、私はボスの事務所を辞し、その後武者修行にフリーランスを続けたあと自ら独立開業しました。26才と言うこれまた向こう見ずな独立でしたが、ご夫妻は「きっと大丈夫」と応援してくれました。所帯を持ち、子どもが産まれたと娘を見せに行ったこともあります。月日は流れて、私も人生の中盤一番働き盛りの多忙さから、ご夫妻との行き来も少し間があくようになりました。賀状のやり取りと、おうちの方向へ仕事で赴いたときなどに、気まぐれに寄らせていただく。どうかするとそれが、半年、一年と間があくようになってきました。「そう言えば、もうかなり伺っていないが、お元気だろうか」と、ふと顔を見せに行こうと思い立ったある日。いつもなら、車のエンジンを止めると玄関ドアが開き、奥様がすぐに取って返し「お父さーん、坂本くんがー」と家中に声をあげてくれます。その日、慌てふためいて出てきたのは、なんと喪服姿の奥様でした。実は偶然、本当に偶然、その日が急逝されたご主人の四十九日法要の当日。あの剣道の達人にして常に微笑をたたえ、口数はそう多くなかったけれど優しいまなざしだったご主人が、突然に先立たれていたのです。尊敬し、心の何処かで男の理想像のようなものを垣間みていた私は、狼狽して、何の用意もしていないから改めて参りますと暇乞いをしたのですが、奥様にとにかく上がって欲しいと請われ、ご親族に混じってそのまま法要に参加することになったのでした。遺影に向かい「お父さん。坂本くんが来てくれたよ」とおっしゃる奥様に、何故知らせてくれなかったのかと口にするその目が合った瞬間に、奥様が「誰にも知らせてない。まだ、信じられないの」とポツリと仰られました。「ごめんね、知らせなくて。でも、お父さん、坂本さんのこと呼んだんだわ」遺影は黙して微笑しています。「意地悪してごめんね、お父さん」ご主人の微笑は変わりません。元々気さくな奥様は、泣き笑いで私とご主人様の遺影とに交互に声をかけられました。動顛して言葉もない私はご親族に紹介を受けました。「ずっとずっと良くしてくださってる建築士さんです。この家を設計してくださった…」お仏壇の脇の床の間には、その時すでに10年以上前になっていたアクリルのケースごと私が創ったこの家の模型が、奇麗に保存して飾られてあったのです。3人で食べたチキンラーメンから、この模型がやがて現実のものとなり、おふたりの余生がしばらく続いたあと、最終的にはご主人が先立たれ、奥様が残りました。奥様が住まいを守る、あるいは住まいがいよいよ奥様を守る時が刻まれはじめました。(つづく)

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            | 住まいづくりのヒント | 07:42 | comments(0) | trackbacks(0) |
            チキンラーメン 3
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               ご夫妻は、突然の私の来訪にちょっと驚かれましたが、やがてサアサアと招き入れてくれました。そしてただならぬ殺気の若造の私に二人して謝るのです。「仕事が頼めなくなってごめんごめん」と。私は生意気にも逆にボスの事を詫びました。感情的にはボスが、この困り果てた老夫妻を見捨てたと思ったのです。施工は、ご夫妻に助け船を出した、とあるビルダーが責任施工で行うということでしたが、私は一人、それでは納得しません。結局、私はそれから工事の期間、会社とは関係なしに日曜日の休みごとにご夫妻を訪ね、一緒に現場を見に行くという大胆なことをやってのけました。振り返ればボスにはあきらかな背信行為。先年、鬼籍に入られたボスには、いつか向こうで詫びなければと思います。監理者の資格のない私は、現場で気付いたことをご夫妻に伝えて、ご夫妻から施工店に伝えると言うやり方で、半年近い工事を見つめ続けたのです。ご夫妻から、ある日、赤面しながら打ち明けられたことがあって、瞬間、皆で凍り付いた空気も良く覚えています。それは、独特のトイレの所作です。当時、ウォシュレットは製品としては出始めていましたが、まだ一般的な普及をしていると言う風でもありませんでした。「私たちは、紙を使わない」とトイレ内の低い位置に手洗い器のような水場を設け、常にそれで洗われると言う一連の所作を教えてくださったのです。私はそのための設えを図面に織り込んだものです。住まいの設計とは、そこまで住まい手の暮らしに入り込まなければならないということをその時に悟りました。変な言い方ですが、「覚悟」のようなものをもったのはその時だったかもしれません。ご夫妻は私を子か孫のように可愛がってくださって、ご夫妻との交流はその後もずっと続きます。住まいが建て終わる頃には、たまに顔を見せに行かなければ叱られる親戚のようになっていました。

               チキンラーメンを一緒に食べたあのマンションから、新居に引っ越されたご夫妻は本当に幸福そうでした。敷地中を見事な花壇で彩り、畑もされていました。花壇は地域でも有名になり、他所の人が見に来るくらいでした。私が遊びに行くと、奥様があれこれと甲斐甲斐しく私の世話を焼いてくれ、ご主人がそれを窓辺に座られ、見守っています。歓談しながら、琥珀色のヤニ取りパイプに刺した煙草をにこやかに吸いながら、顔を外に背けて、煙を屋外に吐く姿は何処までも紳士的でした。新居でも、何度かチキンラーメンをご馳走になったかもしれません。今度は畑のものがトッピングされていました。(つづく)

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              | - | 07:33 | comments(0) | trackbacks(0) |
              チキンラーメン 2
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                 ご夫妻の暮らしは、一見普通に見えますが、これから新居を建てるにしては、何となくお元気がないように私には思えます。現役を引退しての終の住処だと思えば不思議はないかとも思えましたが、その理由がやがて徐々にわかってきます。福岡市内から東側に位置する郊外の、海も山も豊かな場所にお二人が購入された土地がありました。ほとんどが山林、しかも起伏が激しく住宅建設に向くかと言えば、お世辞にも好適地とは言えません。接道や、がけや様々な要素で建設出来る住宅の位置も規模もかなり限定される土地。つまり色々あって、買われた土地の大半が捨て地となるような土地でした。しかもかなり広大な面積のために、大幅に予算オーパーだったのです。おそらくは、遠方からの土地購入で、騙されたとは言わないまでも、かなり悪条件をつかまされた感じです。かつての関西のご自宅売却と退職金を総予算としての計画に、すでに陰りが見えて不安だらけだったのかもしれません。日々の暮らしもギリギリに切り詰めて、夢の終の住処をと九州に戻られての悶々とした日常でした。チキンラーメンのあの薫りが、室内をぷーんと満たす頃「関西の友達がね、都落ちやなぁなんて意地悪いうのよ。坂本くん。」と寂しそうに笑われた奥様のお顔が印象的でした。若い正義感ばかりの私には、このお二人を安心させたいと言う思いで切ない記憶とともにあるあの薫り。

                 ボスの出したプランは、残された土地を十分使い、南東方向に羽を伸ばしたようにデッキとパーゴラが広がった素敵なプランでした。私は一生懸命モデリングをして、ご夫妻にも気に入ってもらいました。設計が進みいざ建築、となった時点で、突然、暗雲が立ちこめました。ボスのデスクに呼ばれた私は、ご夫妻の仕事が中断した事を告げられたのです。原因は設計監理料が負担できないと言うご夫妻からの申し出でした。ボスは、基本プランの権利のみを売ったのです。

                 若さとは、冷静な判断よりも感情の方が正義に思える熱病のようなもので、私は目一杯の反抗精神でボスに抗議しました。経営者としてのボスの判断が間違いではない事は、今なら瞬時に分かりますが、あのときはそうはいきません。剣幕に呆れるボスを尻目に、私はご夫妻のもとに向かいました。今から思えば本当に、ただ生意気なガキですが、当時の私は精一杯。真剣でした。(つづく)

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                | 住まいづくりのヒント | 07:25 | comments(0) | trackbacks(0) |
                チキンラーメン 1
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                   すぐ美味しい。すごく美味しいでおなじみのチキンラーメン。言わずと知れた日清食品創始者安藤百福が戦後間もなくみんなが手軽に食べられるラーメンをと開発したあの即席麺の元祖。先日あることで何年ぶり、いやあるいは10年以上ぶりにそれを食する機会がありました。今も変わらない懐かしい味に、ふっとある記憶が蘇り、その時のシーンが鮮明に脳裏に浮かびました。私の住まいづくりのルーツとも言える、少し思い出話しをしようかと思います。

                   それは私が京都から帰ってきて、福岡のとある設計事務所に務め始めた頃だからもう30年以上前の事です。私はボスに、とある個人住宅の物件担当を任されました。ボスの提案したプランをベースに、私はその老夫婦との打ち合わせを重ねたのです。国内最大手の商社勤めだったご主人は長身で剣道の達人にして凛とした佇まい、とても優しいまなざしが印象的な老紳士。奥様は対して大変小柄な、まだ関西に居た時の時間を引きずるように少し言葉の端々に芦屋言葉が残るもと日舞の先生でした。福岡市内の小高いところにある奥様の姉が持つマンションの角部屋に仮住まいをしているご夫妻を、よくお訪ねしました。打ち合わせは、設計のお話は半分、現役時代のご活躍の頃のアルバムを見せてくださったり、子育てや当時の交友録まで、つぶさに子どものような年端の私に語ってくれる。そんな時間が半分でした。若い頃は、そういうお話が苦手なものですが、不思議と私はそれが苦にならず、ご夫妻とはとても打ち解ける関係が築けました。

                   お昼時にさしかかると、奥様がいそいそと支度して、出てくるのがチキンラーメン。「こんなものでごめんね」といいながら、3人で良く頂きました。何ともいい薫りが部屋中に立ちこめます。「でも…」と奥様はゆっくりとした口調で「坂本くんと食べると美味しいね、お父さん」と必ず食事の中盤にそうおっしゃいます。今でもあの香りを感じると、あのときの事が鮮明に蘇ります。(つづく)

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                  | - | 07:52 | comments(0) | trackbacks(0) |
                  今こそ住まいは優しくなければならないと思う。5
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                     とかく上っ面の辻褄合わせに終始して、なかなか真実の実感が伴わない日常は、私たちの心の奥底を心から納得させるに十分な安心を与えてくれず、日々何となく不安やぎこちなさばかりを感じてしまう連続で心休まる暇がありません。これもひとえにお金ですべてを計り、安近短を求め続けた結果なのかもしれないとつくづく思います。住まいは日常のベースですから、これすらそう言う価値観で創り上げて、その中に身を置く事は不幸だと思います。ひとつは時間スパン。本来住まいは、人の一生に寄り添い、まだ十分に使えるような感覚で語られるべきものだと思います。核家族が、生涯年収のかなりの部分を毎回投じなければならない事自体が本当はおかしいのです。50年100年と言う時間スパンで見れば、社会に有効なストックがのこり、次の世代は住まいに予算配分しなくて良くなります。3000万、5000万と言うお金が、別に使えたらどんなに豊かな事か。それだけでも想像がつく事だと思います。おそらくここまで拝金主義がはびこり、その強迫観念からまたお金から離れられなくなっている世の中の仕組みとは裏腹に、私たちは今後もっと「心の時代」を迎えるのではないでしょうか。心底安らぐ事、優しさに包まれて安心する事に渇望している私たちにふさわしい住まいづくりがあるような気がしてならないのです。コマーシャルに乗るような派手なものではなく、淡々と本物を積み重ねて行くような住まいづくりを私は研鑽して行きたいと思います。こんな時代だからこそ、今こそ住まいは住まい手に何よりも優しくなければならない。性能も、質感も、デザインも、そしてコストも。そう、強く強く思う近頃です。(おわり)

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                    | 住まいづくりのヒント | 07:32 | comments(0) | trackbacks(0) |
                    今こそ住まいは優しくなければならないと思う。4
                    0

                       日々めまぐるしく変化をして、私たちを翻弄する世の中にあって、ふと玄関ドアにたどり着き、我が家に帰った瞬間から、安心が包んでくれるような住まいが出来たらどんなに良いだろうかと思います。そのために、デザイン、性能、素材、コストと色々な要素がバランス良く絡み合って、その住まい手のための空間になるように私たちは厳しい条件と戦い続けるのですが、昨今の世相を考えると「居心地」の良さは、心身ともにひとえに暖かい優しさを渇望していて、何気ない日常のベースとしての役割を普遍的に果たしてくれる空間への憧れは日々大きくなってきている気がしてなりません。20年で寿命が来て、あと15年もローンが残る住まいでは継続した安心は得られませんし、温度のないシーンの見た目の格好よさだけで、室内の温度を快適領域にキープできない住まいではまさに論外ということになります。最近では、エネルギー消費が大きすぎる住まいでは、住まい手のサスティナブルな暮らしを支える事が出来ずに、自己存在の肯定を妨げる要素の一因にもなりかねません。自己肯定し、安らいで暮らして行けるためには、良く言う「エコハウス」である必要があるのではないかと言う想いが私などは強いのです。誤摩化しできなく、上っ面の辻褄ではなく、真実の優しい住まいとは、住まい手が自己肯定し、安心して今日を暮らし、明日に希望を抱く事が出来るものではないかとつくづく思います。急ぎすぎたこの国の70年余りは、少しばかり表層にこだわったハリボテの暮らしの中で、自分を言い含めて納得しようとしてしまう癖を私たちに植え付けました。何となくの不安、何となくの寂寥感はそんなところから来るのではないかと思ったりするのです。(つづく)

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                      | 住まいづくりのヒント | 07:46 | comments(0) | trackbacks(0) |
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